スキルス胃がんで胃切除後のトラブルも自分なりにお付き合い 病気を受け入れ、がん患者になりきる アルファ・クラブ 渡邊宣明さん

取材・文●吉田燿子
発行:2013年8月
更新:2020年3月

副作用もなく、TS-Iによる化学療法を完了

メニュー・カロリー・体重など、ノートにびっしりと書かれた自己管理の記録

退院後は、TS-1と3種類の補助薬(ガスモチン・セルベックス・マグネシウム)による補助化学療法がスタート。診察のたびに、医師から抗がん薬の副作用について聞かれたが、幸い、嘔吐や脱毛もなく、倦怠感や味覚障害もあまり感じなかった。副作用に苦しめられることもなく、無事、TS-1による2年間の治療を完了。

「こんなにTS-1を長く続けられた人は珍しいよ。渡邊さんは、TS-1が合っているのかもしれないねえ」

そう、医師は感に堪えたように言った。副作用が軽かった理由を、渡邊さんはこう分析する。

「僕は普段から、薬をあんまり飲まないほうなんです。多臓器に影響する薬を何種類も飲んでいると、効果が半減するらしいんですね。普段から薬をあまり飲まないようにしていたから、TS-1がピンポイントで効いたし、副作用も軽かったんじゃないかな。それと、補助薬との組み合わせもよかった。自分ではそう考えています」

それでも、胃の3分の2を切除した以上、何も不都合を感じなかったわけではない。食後の膨満感を感じることもあれば、食べ物が未消化のまま腸に入って下痢をすることもあった。

TS-1=一般名テガフール ・ ギメラシル ・ オテラシルカリウム ガスモチン=一般名モサプリドクエン酸塩水和物 *セルベックス=一般名テプレノン

自己管理を徹底し食養法を実践

お子さんやお孫さんと家族旅行も

手術直後に経験した、悪夢のような苦しみは、もう二度と味わいたくない――。そう考えた渡邊さんは、自分なりに工夫した自己管理法を実践することにした。退院後3カ月間は1日の食事を5~6回に分けてとり、1年がかりで1日3食のペースに戻していった。

また、病院の栄養相談室から年間の献立表をもらい、それを参考にしながら妻の協力で献立を見直した。中心となる食材は、納豆、豆腐、卵、豆類、魚肉類、トマト、ブロッコリー、玉ねぎ、オクラ、りんご、バナナ、白桃、ヨーグルトなど。1回の食事に1時間近くかけ、80回ほど噛んでから飲み込むようにした。

「胃のない人は、食べ物が口から入ってどんなふうに腸まで達するか、イメージするといいですよ。胃がなければ食べ物はチョロチョロとしか流れないから、ゆっくりよく噛んで飲み込まないといけない。おのずと早食いも止まり、無理な食べ方をしないようになります」

さらに、自己管理を徹底するため、1週間の献立を記録した表を作成し、病院の栄養相談室でチェックしてもらった。

「渡邊さん、完璧です。ただ、ご飯の量が80gでは少なすぎます。炭水化物が不足すると栄養失調になるから、150gぐらいは食べてください」

栄養士の助言を受けながら、食養法を実践。1日3回の散歩も欠かさなかった。万歩計の歩数や距離、消費カロリー、体重を克明に記録し、食事と運動の両面から自己管理を徹底。加えて、持ち前のポジティブ思考も回復にプラスに働いたようだ。

「『ご飯が少ししか食べられない』とこぼす患者さんが多いんですが、僕は『胃をとったんだから、しようがないんじゃないの』と思うほう。僕自身も胃切除後のダンピング症候群や膨満感は経験しているけれど、『がんなんだから仕方がない』と割り切っちゃうところがある。症状や感覚には個人差があるから、それを他人に押し付けるつもりもないんですが」

自分はがん患者。胃を3分の2も切ったんだから、多少の不便は当たり前。くよくよせず、病気を受け入れて、がん患者になりきったほうが気楽、と渡邊さんは笑う。この大らかなポジティブ思考こそ、2年間の抗がん薬治療を全うし、難治性のスキルス胃がんを乗り越える秘訣だったのかもしれない。

「手術後の後遺症や食事法について、何の説明もしない医師があまりにも多い。命が伸びるか縮むかは、退院後の生活をどう過ごすかにかかっています。その意味では、『僕は自分でやれるだけのことはやった。これで死ぬならしようがない』と思っています」

そう語る渡邊さん。その恬淡とした表情からは、穏やかな充足感が感じられた。

ダンピング症候群=炭水化物が急速に 小腸に流入するために起こる。冷汗、動悸、めまい、顔面紅潮、倦怠感、腹痛、下痢、悪心、嘔吐、腹水の循環不全、吻合による蠕動運動の乱れなどの症状がある

仲間や家族に囲まれて悠々と生きる

アルファ・クラブ横浜会の会報

今年で術後7年が経過。今は定期検査に通いながら、ゴルフや旅行、俳句、茶道など、趣味で多忙な毎日を送っている。

もうひとつ、渡邊さんが熱心に取り組んでいるのが、胃がん患者の会「アルファ・クラブ横浜会」の活動だ。

退院後しばらくすると、再発の不安が頭をもたげてくる。しかし、苦しいときや不安なときに相談できるところがどこにもない、と渡邊さんは感じていた。そんな折、外科の待合室で、ある夫婦と会話を交わしたのがきっかけで、「患者同士が交流できる場があるといいな」と思うようになった。病院に働きかけたが、思わしい反応が返ってこない。そこで、人の患者会「アルファ・クラブ」の会報誌で呼びかけたところ、10名が集まった。

これが発端となり、2009年に「胃がん患者仲間の会」を開催。翌年、「アルファ・クラブ」の名前を借りる形で、「アルファ・クラブ横浜会」を正式に発足した。現在の会員数は35名。神奈川近県の人が中心だ。

「この会は入会も退会も自由。オープンな雰囲気なので、来られた方は、来る前とは別人のように明るい表情になります。こういうがん経験者の集まりがあることを、多くの人に知ってほしいですね」

そう語る渡邊さん。最近は、「次の会まで待てない」と、電話で相談してくる患者さんも増えた。

「病気をきっかけに、人生観が変わったということはとくにないです。強いて言うなら、『定年後は、現役時代にはできなかったことをしよう』と考え、いろいろなことをやってきた。そんな定年後の生き方に罹患がうまくジョイントして、術後の自分なりの生活のリズムができてきた、という感じでしょうか」

飾らず気張らず、体をいたわりながら、仲間や家族に囲まれて悠々自適で暮らす。

そんな渡邊さんの生き方には、ハマっ子らしい洒脱さが感じられ、なんだかとてもかっこよく見えた。

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