悩んでも答えは出ない まずは、なにか行動を起こす

取材・文●吉田燿子
発行:2014年2月
更新:2014年6月

甲状腺の全摘手術と アイソトープ治療を実施

甲状腺がん手術直後の白石さん

手術は翌13年1月9日と決まったが、自分の病気のことを調べる勇気はなかった。

若年で乳頭がんを発症した場合、生存率が高いことは知っていたが、「10年生存率80%」と言われると、自分は残りの20%に入るのではないかと不安になる。白石さんは身の回りの物を整理し、2度と見ることができないかもしれない多摩川の景色を目の奥に焼き付けて、手術に臨んだ。

手術では甲状腺を全摘し、左頸部リンパ節を郭清。術後は手足のしびれなどに悩まされたが、1月中旬に無事退院。5月に、微小ながん細胞を叩くためのアイソトープ治療が行われた。

これは、甲状腺がヨウ素を取り込む性質を利用して、放射性ヨウ素(アイソトープ)を服用し、内部からがん細胞を破壊していく放射線治療の1つである。副作用も思ったほどではない。

8月に急性虫垂炎で緊急手術を受けるという〝ハプニング〟はあったが、アイソトープ治療を順調にこなしている。

介護の仕事をしながら 作業療法士を目指したい

自ら企画・主催した退院祝い。支えてくれた友人たちと

とはいうものの、がん発症で仕事を失ってしまったことは大きな痛手だった。生計の道を失い、2つの大病を抱えながら、自分はこの先どうなっていくのか……。

不安と恐怖のうちに時間だけが過ぎていく。だが、頭の中で悩んでいても答えは出ない。なにか行動を起こそうと、白石さんは大型免許を取得。立川シティハーフマラソンにも挑戦した。

療養を続けながら、職探しも再開した。

ハローワークに相談に行ったが、やはり、がん患者を積極的に受け入れてくれる企業はない。たとえ病歴を隠して応募しても、病状次第では会社に知れてしまう。がんを理由に解雇されるような経験だけは、2度と味わいたくなかった。

そこで、ハローワーク主催の介護職員初任者研修を受講したところ、講師からデイサービス事業の社長を紹介された。幸い、社長は白石さんの病歴を知った上で、パートとして採用してくれた。現在はデイサービスで介護を担当しているが、仕事を通じて、将来の展望も開けてきたという。

「今、半身麻痺の方の機能訓練をサポートしているんですが、自分はこの仕事に向いているような気がするんです。たとえば、リハビリでは体の動きをイメージし、どんな訓練をすれば日常生活の役に立つのかを理論的に考えなければならない。その意味では、自分のエンジニア経験を活かすことができる仕事だと感じています。将来は作業療法士の資格をとり、仕事の選択肢を増やしたいですね」

きっといいことがあると 信じて前に進みたい

悩むより行動。見事、立川シティハーフマラソンで完走

27歳という若さで2つの大病を患い、苛酷な運命を背負った白石さん。様々な困難を前向きに乗り越えてきたとはいえ、再発の不安は常につきまとう。また、仕事に限らず恋愛や結婚など、若い世代ならではの悩みも尽きない。

「女性とおつきあいするにしても、健康な人と自分を比べて躊躇してしまう。そんな思いを打ち消したくて、あえてハーフマラソンにも挑戦しているんですが、どうしても萎縮してしまうので困っています。〝がん=死〟のイメージが強いので、周囲の人から変な目で見られてしまう。それに動じない精神が必要だと感じています」

だが、悪いことばかりではない。失恋、転職、がん発病、解雇――わずか数カ月の間に経験した数々の試練は、白石さんの心を強くしなやかにする効果ももたらしたようだ。

「友だちの悩みを聞いていると、『生きてるからいいじゃん、仕事もあるし、彼女もいるだろ』と思うんです。つらい思いをしてきたから、『あの頃に比べたら全然、楽だよ』と思えるようになったのかな。病気をきっかけに、相手を思いやり、寄り添うことができるようになった。自分の中で心の余裕ができたのかもしれません」

そう語る白石さん。これまで、苦しみや孤独感に襲われても、めげずにがんばってきた。今が新しい人生の幕開けだと信じて、これからの人生を歩んでいきたい、と希望を語る。

「がんと潰瘍性大腸炎を両方経験した人はめったにいません。『なんで俺だけが、こんな思いをしなきゃいけないのか』と思いながらも、『必ずよくなる』と信じてここまで来た。きっと何かいいことがあると信じて、自分にできることをやっていきたい。そうすれば、必ず道は開けると思います」

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