小細胞肺がんを発症して 医療スタッフのすごさを思い知らされました

取材・文●吉田燿子
発行:2014年6月
更新:2014年10月


手術をするという〝異例〟の選択

だが、治療はここから思いがけない展開を見せる。ハイカムチンによる効果が見られないことから、治療はわずか1クールで終了。治療の内容を変更するにあたり、今村さんは主治医から、予想もしていなかった提案を受けた。抗がん薬を変えて化学療法を続けるか、手術をして根治をめざすか、という選択を迫られたのだ。

「小細胞肺がんの標準治療では、この段階で手術するという選択肢はない。内科や外科の先生たちも、相当悩まれたと思います。ただ、僕の場合は、告知から1年近く経っても、腫瘍マーカーに異常もなければ、リンパ節にも転移がみられない。ただ、左肺の腫瘍だけがどんどん大きくなっていくという状況でした。普通の小細胞肺がんとはパターンがちがうので、手術をやってみる価値はある、という結論に至ったのだと思います」

標準治療とは異なる治療法を行う以上、医師団にもそれなりの覚悟が求められる。リスクは高いが、今村さんの病状が従来の常識では測ることができず、また一刻を争っていることも事実だった。

今村さんは妻と相談して、手術を受けることを決断。手術日は2月10日と決まった。事態が急転したのは、それから間もなくのことだ。1月30日、病室に外科医が来てこう言った。「実は、明日の手術を予定していた患者さんの体調がよくないので、手術が延期になったんです。その枠が空いたんですが、今村さん、明日手術をやりませんか」「えっ……明日ですか!?」「明日はたまたま、外科でトップのA教授が執刀することになっています。A教授なら間違いはないですよ。どうしますか」

急な申し出に驚かされたが、どのみち手術をするなら早いほうがいい。今村さんは悩んでいる暇もなく、翌日の手術を受けることを決めた。

こうして、胸膜も含めて左肺を全摘する手術が行われた。7時間に及ぶ大手術だったが、不思議と傷の痛みを感じることはなく、食欲もあったためか、術後の回復は順調だった。

今村さんが職場に復帰したのは4月初旬のことだ。社長の配慮で、残業が多いデザイナー職から、時間の自由がきく営業職に異動。仕事は普通にこなしているが、体調を考えて、なるべく早めに帰るよう心がけているという。

7月下旬から10月まで、再発予防のため、シスプラチン/トポテシンによる術後の抗がん薬治療を4クール行った。その後も定期検査を続けていたが、13年11月、肺に気になる影が見つかった。ピンポイントの放射線治療を30回行い、2月上旬に終了。その後も経過観察を続けているという。

医療スタッフとの信頼関係に支えられて

バリの友人Sさん宅にて

3年間にわたり、小細胞肺がんと闘い続けてきた今村さん。その口ぶりは、厳しい治療を経験した人とは思えないほど、穏やかだ。「『淡々としてるね』って、妻にもよく言われます。ふさぎ込んだりすることが、あまりないんですよね。ただ、告知を受けた震災直後は、花見も自粛ムードだったので、『来年の桜は見られるだろうか』とは思いましたね」

病気を経験したことで、食生活もガラリと変わった。「今は牛肉や豚肉、加工食品は極力口にせず、ニンニクやトマト、ブロッコリーなどの〝デザイナーフーズ〟(がん予防に効果がある食べ物)を意識してとるようにしています。発車間際の通勤電車に駆け込むこともなくなりました。人間だからイラッとすることもありますが、その頻度は少なくなったような気がします」

とはいえ、心波立つことが全くないわけではない。最近、ある衝撃的な知らせが今村さんのもとに舞い込んだ。インドネシアのバリ島に住む20年来の友人が、肺がんで病死したのだ。

今村さんは30歳のときに初めてバリを訪れて以来、その魅力の虜になり、毎年のようにバリに旅行していた。「僕が滞在したウブドゥの宿で、たまたま6歳下のホテルマンと親しくなったんです。それからは、毎年のようにバリ島に通い、日本語を教えたり、自宅を訪ねたりしながら親交を深めました。ところが、僕が病気になって1年後に、彼が肺がんにかかって亡くなったというんです。その訃報を知人から聞き……自分の病気のこと以上にショックでしたね」

バリ島の親友が、奇しくも同じ時期に肺がんを患い、この世を去っていた――その数奇なめぐり合わせに、今村さんは深く感じるところがあった。

3年間、生活全般をサポートし、共に闘ってきた妻との闘病を振り返って、今村さんはこう語る。「病院に入院して実感したのは、『お医者さんや看護師さんはすごいなあ』ということです。医療は命に直結する仕事だけに、大変な責任がある。その仕事に取り組んでいる医療スタッフの方々のすごさを、あらためて思い知らされました」

そう語る今村さん。その言葉には、医療者に対する素直なリスペクトが感じられた。患者と医療者が信頼関係で結ばれ、希望を捨てずに病と向き合うこと。それがいかに大切かということを、今村さんは私たちに教えてくれる。

友人Sさんとバリの港で釣りをすることも……(左)友人Sさんと奥さん(右)
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