ちゃんと検査して早期に発見すればがんは怖くない
初期の原発胃がんで内視鏡手術を実施

8月、小線源治療用のシード線源と呼ばれる非常に弱い放射線を出す長さ約4.5㎜、直径約0.8㎜の線源を80個、前立腺に埋め込まれた。
「1年間はカプセルから放射線が出ています。被爆する恐れがあるので、最初の3カ月は赤ちゃんを抱かないように」
そう告げられ、小線源が体内にあることを記したカードを、1年間携帯するようにと指示された。
9月下旬~11月初旬、放射線外照射を実施。前立腺の治療が一段落したため、11月中旬に再び六本木のクリニックで胃の内視鏡検査を行った。
クリニックから呼び出しの電話が入ったのは、会社を定年退職する当日のことだ。クリニックに出向いた小笠原さんに、医師は胃がんを宣告した。
「えーっ、という感じですよね。前立腺がやっと片付いたと思ったら、また胃がんかよ、と」
その日の夜、小笠原さんを囲んで送別会が開かれた。長年苦労をともにしてきた仲間たちと、にぎやかに酒を酌み交わしたが、その胸中を知る人はいなかった。
12月末、紹介状を持参してがん研有明病院を受診。検査の結果、前立腺がんからの転移ではなく、ステージⅠの原発胃がん(扁平上皮がん)であることがわかった。翌12年1月中旬、内視鏡手術を実施。術後の経過は順調で、現在は東京医療センターと六本木のクリニックで、定期的に前立腺と胃の経過観察を続けている。
副作用対策のため漢方や代替医療も活用
妻の子宮体がんに続き、自らも前立腺がん、胃がんを発症。わずか1年余の間に、小笠原さんは夫婦ともども、がんという病に翻弄されることとなった。
「短期間に集中的にがんになったので、考える余裕もないような状態でした。ただ、幸いなことに、そのすべてが早期がんで、治療後も以前とほぼ変わらない日常生活を送っている。だから、〝がん患者〟という意識が希薄で、自分ががんになったという自覚が薄いんです」
とはいえ、悩みがなかったわけではない。前立腺がんの手術は回避したものの、放射線治療でも、副作用の排尿障害は避けられず、尿意切迫感と頻尿にはずいぶん悩まされた。
「だんだんよくなりますよ」と主治医にはいわれたが、改善の兆しはなかなか見られなかった。
「映画を見に行くのも控えていましたね。上映中に尿意が襲ってくるので……。どうしても見たい映画があるときは、トイレに行きやすいよう、端の席に座っていました。あまり意識しなくなったのは、昨年の春ぐらいですかね」
副作用を和らげるため、東洋医学や代替医療の力も借りている。千葉県流山市のとあるクリニックでは漢方薬(
「がんを経験して一番変わったのは、食事に対する考え方かもしれません。かみさんが、がんと食生活とは大いに関係があることを学び、食生活に注意するようになったんです。もともと人間の体には、悪い細胞が生まれても免疫細胞がやっつけるという機能が備わっている、だから免疫力の強い体になればいい、と教わりました。人工添加物を使ったものはなるべく避け、農薬を使っていない野菜をなるべく食べるようにしました。また、肉や油の量を減らし、旬の野菜や海藻類、発酵食品を多種類食べるようにしました。とくに『副作用のない抗がん剤』といわれる人参とリンゴなどを入れたジュース作りは毎朝の日課になりました。かみさんは自分の経験から食の大切さを広めたくて、昨年、食育インストラクターの資格を取得しました」
早期に発見できればがんは怖くない

「再発の心配はそんなにはしていません」
小笠原さんはそう語る。その一方で、早期発見のための努力は欠かさない。クリニックで経過観察を続けながら、漢方の治療も併用。毎年恒例の人間ドックでは、オプションのがん検診も必ず受けるようにしているという。
「今年は、大腸の内視鏡検査を受けようかと思っているんですよ」。そういって、小笠原さんは照れくさそうに微笑んだ。
「僕はPSA検査や胃カメラで早期にがんを発見できたから、厄介なことにならずにすんだ。ちゃんと検査して早期に発見すれば、がんは怖くない。『少々金がかかってもいいから、やれることは全部やろう』と、かみさんと話し合っているんです」
人間万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄のごとし――。降って湧いたようながん体験は、小笠原さん夫婦にとって、それまでの生き方を見直す好機となった。それは、第2の人生の門出にあたって、生き方をリセットするための、天からの授かり物だったのかもしれない。
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