自分の乳がん体験に自信と誇りを持って生きなさい ボーマン三枝さん(下着屋Clove代表)

取材・文●常陰純一
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2018年3月
更新:2018年3月


自らの体験を生かして下着づくりを

ボーマンさんが下着づくりにチャレンジするのは、乳がん手術を終えて何カ月かが経過した頃のことだった。

「胸に入れたパットがずれる、着替えのときにパットが落ちそうになりヒヤヒヤする、ワイヤーゴムの締め付けで胸の下が痛いと違和感を覚えていました。タンクトップの肌着にパットを入れることが出来たら、乳がんで胸を失った人ももっと快適に着れるんじゃないだろうか……そんなことを考えていると、それなら自分で作ってみてはどうだろうか、と思いたったのです」

もともとボーマンさんは、漠然とながらも自分で起業してみたいとも思っていたという。

そこに既存の下着への不満が重なって、新たなチャレンジが始まったというわけだ。

もっともそれまで事業を始めた経験のないボーマンさんは、何から手をつけていいのかもわからない。

そこで、まず「創業・ベンチャー支援センター埼玉」を訪ねる。そこで、「まず縫製業者を見つけなければ」とアドバイスを受け、ネットや電話帳を利用して、東京、埼玉の縫製業者に電話をかけ続けた。もっとも、当然ながらどんな業者でもOKというわけにはいかない。

「まず1つは小ロットの生産に対応してくれること。それにブラジャーとタンクトップの両方を作っていることもポイント。それにできれば社会貢献的についての意識を持っていてくれることも条件でした」

そんな条件を満たしてくれる業者を探して、ボーマンさんは電話をかけ続けた。

もちろん、ささやかなりとも資金面での準備も必要だ。起業のための自己資金は100万円。そこにネットを利用したクラウドファウンディング、さらに埼玉県商工会議所の小規模事業者持続化補助金制度による補助も申請してどうにか必要な資金を調達する。

その間に「下着屋Clove(クローブ)」という事業者名も考案した。ちなみにCLOVEという名称には、CANCER(キャンサー)のCにLOVEを重ね合わせた意味と、ボーマンさん自身が好きなアロマの意味が込められている。

もっとも、肝心の業者はなかなか見つからなかった。ボーマンさんの意思に賛同してくれる業者が1社現われたが、これまでの事業内容に不安があった。ようやく意中の企業を発見したのは、1昨年の10月のことだった。

さいたまスーパーアリーナで開催されたビジネス展示会のとあるブースで、ボーマンさんは自らが探し求めていた企業と遭遇する。

「その展示会には何10社もの企業が参画していましたが、乳がん患者を対象に下着をつくっていたのは1社だけ。その会社はブラジャーの内側に入れるパットに花柄の生地を使用していた。誰の目に触れるわけでもない。でも利用する本人の気持ちが華やぐ気配りです。この会社なら間違いないと思って、すぐに共同での下着づくりを提案することにしたのです」

その会社というのは、「島崎」という創業50年の下着づくりの老舗企業だった。

そうしてボーマンさんと「島崎」の担当者との二人三脚による下着づくりのチャレンジが始まった。

ホットフラッシュで汗ばむ肌に心地よい素材を求め、パットのズレを極力回避できるデザインにする、またブラの締め付けを抑えながらもフィット感を大切にしたい。

もちろん女性ならではのおしゃれ心もくすぐりたい……。

試作品を作ったものの、試着してもらったがん患者会の面々にダメ出しされたこともあった。

そうして試行錯誤を繰り返し、10枚以上のサンプルを作成した後の昨年4月、ようやくボーマンさんが思い描いていたブラジャーとタンクトップが一体化した乳がん患者用下着、「サラッと肌着」が完成した――。

ちなみに1枚の価格は4,800円である。

「品質には自信があります。この下着をつけることで、日々の暮らしが快適かつ心豊かにものになるとも思っています。うまくPRできれば、多くの乳がん患者さんに喜んでもらえると信じています」と、ボーマンさん。

月間50枚というのが現在の売り上げ目標だとか。付け加えておくと乳がんで悲しむ人がいなくなることを願い、売り上げの一部は乳がん研究団体「JBCRG」に寄贈されるという。

肌着サンプル。左からファーストサンプル、セカンドサンプル、現在の完成版

下着づくりは新たな人生のファーストステップ

2017年8月、次女誕生

「下着屋Clove」を開業してから約2年。

現在のボーマンさんは、事業者として、妻として、そして3歳児と生後5カ月の2児の母親として、穏やかながらも多忙な毎日を送っている。

「下のこどもがまだ授乳中ということもあって、毎日午前8時から午後4時までは自宅でこどもの世話をしながら、ネットで下着屋の仕事をしています。その後は妻としての活動時間。でも、それ以外にも乳がん患者を対象にしたおしゃべり会も催しているし、将来的にはやはり、もっと乳がんのことを勉強して、乳がん患者を対象にしたヨガをマスターして人に教えたい。そうして多くの人とかかわっていきたいと思っているんです。

がんの手術後、夫に言われた『You should be proud of it !』という一言が心に残っています。『がん体験に自信と誇りを持ちなさい』と教えられたのです。

苛酷な経験をした分だけ、人間として強くなっているということです。をもちろんステージ0でも再発の危険がないわけではありません。でも自分を信じていろんなことにトライしてみたいですね。授乳が終わったら乳房再建治療を受けたいとも思っているんです」。そういってボーマンさんは明るく笑う。

下着屋Cloveの開業は、ボーマンさんにとっては、がん体験後の長い人生のほんのファーストステップに過ぎないのかもしれない。

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