希望こそ生きる力をくれると信じている 大腸がんステージⅢb。抗がん薬治療を拒否したドキュメンタリー映画監督が次作で伝えたいこと

取材・文●髙橋良典
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2018年10月
更新:2019年8月


「マイナス×マイナスはプラスなんだから」

では、この映画の軸になるべき人物はどのようにして決めたのだろか。

「『メディカル・カフェ』に通って行くうちに、自分の勘で選びました。ストーリーを作る上では4人を軸に考えています。映画に希望が欲しかったので、シングルマザーと少年はまさにがんと生きる希望を与える意味でもいい題材になれるかなと判断しました」

「松本カフェ」を主宰する齋藤智恵実さん(右)

野澤さんの言うシングルマザーというのは、松本で「松本カフェ」を主宰する齋藤智恵実さんのことだ。現在、ホームヘルパーをしている齋藤さんは32歳で乳がんを発症。息子が2歳のときだった。齋藤さんは語る。

「樋野先生がおっしゃるように『解決はできなくても、解消はできる』、そんな仲間と共にいられる場所になればいいですね」

8月現在、撮影は9割程度終わっているという。

「あと、脳腫瘍の少年だけを今フォーカスしています。彼を通して、もし自分の子供ががんになったらどう思うだろうか、ということを観ている観客に問いかけたい」

その少年とは樋野さんと同じく日本対がん協会から「日本対がん協会賞(団体)」を受賞した名古屋の高校生4人が中心で運営するメディカル・カフェ「どあらっこ」の代表の中村航大くんだ。

中村くんは9歳で脳腫瘍を発症、14歳で再発。リハビリをしていた頃、樋野さんと出会い、「メディカル・カフェ」をやってみたらと提案され、始めたのだ。

映画の中で、中村くんは戸惑いながらも「メディカル・カフェ」を開いた様子が映し出され、その中で中村くんは「マイマス×マイナスはプラスなんだから」と明るく集まった人々に話かけている。

メディカル・カフェ「どあらっこ」の代表の中村航大さん(左から4人目)

「樋野さんの繰り返す言葉こそが重要なんだ」と気づかされる

野澤さんは、今でも編集しながらもがいていると言う。

確かに「がん哲学」に正面から向い合うとすると、映像表現ではハッキリ言って難しい。だから映像という媒体を通して患者ががんとどう向い合って生きているか、そしてその患者が言葉によってどう力をもらっているか、そこがこの映画のキーだという。

野澤さんが患者に大腸がん手術の傷をみせると、患者も心を開いてくれるようになった。

「自分ががんになったことで、前よりは楽に取材ができるようになりました。それまでは健常者という高みに立って、がん患者を捉えようとしていた気がします」

そんな野澤さんだが、監督作品には元ハンセン病夫婦愛を描いた『61ha絆』や、フィリピンのハンセン病世界最大級の施設があったクリオン島に収容されていた元ハンセン病患者たちに取材した『CLION DIGNITY クリオン・ディグニティ』など、どちらかといえば地味なテーマにターゲットを向けている。

それはどうしてなのか。

「私の修士論文がサーカスなんですよ。それでもおわかりのようになぜかメジャーではなくマイナーなものに惹かれていく自分がいるんですね。がん患者さんも少数派だと思っていましたね。

例えば、がんに罹れば死が見えるように、変な言い方かも知れませんが金持ちより貧乏人のほうが見えるものって多くあるじゃないですか。自分の視点はそういう視点かもしれません。いままでやってきたテーマはそういうものが多いですね」

また「メディカル・カフェ」の提唱者である樋野さんに対する評価については、野澤さんはこんな風に語っている。

「樋野さんに会って最初は感動しました。2回目はそこそこ感動しました。3回目に会った頃からまた同じ話じゃないか思うようになり、4回目に会う頃には飽きてきました。毎回同じことしか言わない樋野さんに対し、最初の頃は馬鹿にしていたところも正直あります。しかし、樋野さんのあの繰り返す言葉こそが重要なんだと、大腸がんの手術をしてから聞くと、同じ話なのに以前聞いたときと違って心に落ちてくるようになりました」

このことこそが〝言葉の処方箋〟なのだろう。

希望こそが生きる力をくれる

これまで数百時間撮影してきた『がんと生きる 言葉の処方箋』(仮題)の予告編というべき22分のダイジェスト版の映像が、7月16日にシオン軽井沢で開催された「第2回軽井沢がん哲学学校」で上映された。

実際の映画の完成は今年の12月になる予定で、一般の劇場等での上映はいまのところ未定だ。その前に全国の「メディカル・カフェ」で自主上映を先行していくことになるという。

樋野さんの提唱した「がん哲学」を映像化するのは確かに難しい試みだろう。

しかし、敢えてその難題に挑戦した野澤さんは「がん哲学外来研修センターニュースレター No.106」の中でこう語っている。

「私は、映画ががんと共に生きる社会の在り方を考えるきっかけになればと願っています。希望こそが生きる力をくれると信じています」

ただ現実はそんなに甘くない。すでに撮影した膵がんの患者2人が亡くなっている。そのうちの1人はこの映画の主人公だと野澤さんは思っていたが、撮影途中で容態が急変し亡くなってしまった。もう1人の患者も抗がん薬治療の途中で亡くなっている。

「これは人として居たたまれない気持ちになりますね」

そういう現実を前にしてもなお「希望こそが生きる力をくれる」と信じている野澤さん。

自らもがん患者である野澤さんが監督を務めるドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋(仮)』の中に、果たして〝希望〟を見出すことができるのか公開が待たれる。

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