2度の舌がん手術を乗り越え新たな夢に挑戦 がん患者や障がい者が生きやすい社会を目指して
自信を取り戻すため、スノーボードデモンストレーターに挑戦
家に引きこもっていた渡部さんを心配して訪ねて来てくれた友人が、「メッセンジャー」という若年性がん患者さんの体験談を綴った小冊子を渡してくれた。
それを読んだ渡部さんは、自分より若い人たちが苦労しながらもがんを乗り越え、懸命に生きている事実を知って、自分も「もう一度、生きて行く勇気をもらった」、と言う。
そのためには家に引きこもっているのではなく、「外に出て何かにチャレンジしなければ」、そう考えた渡部さんは「そうだ、好きなスノーボードをやろう、もう一度あのゲレンデに立ちたい」――そう強く思った。
スノーボードは中学3年から始めて毎シーズン、ゲレンデで滑っていた。
渡部さんが今回目標にしたのは、単に趣味で滑るのではなく、2015年当時、日本で12名しかいなかった全日本スキー連盟SAJスノーボードデモンストレーターに挑戦することだった。

「スノーボードデモンストレーターとは、指導員の日本代表だと思ってもらっていいと思います。指導法を自分たちで考えて、それを全国にいる指導員に教える立場の人間です。平たく言えば先生の先生という立場でしょうか」
スノーボードデモンストレーターになるには、全日本スノーボード技術選手権大会で上位入賞し、面接を経て選ばれる。
コンビニの一件などがん患者に対する社会の偏見から、すっかり自信を無くしていた渡部さんだが、「スノーボードデモンストレーターの資格を取ることで社会に認められれば、自分に自信を取り戻すことが出来る」――そう思った。
そんな思いを胸に正月明けスキー場に行った渡部さんだったが、大手術をした後でもあり体力が落ちていて以前のようにうまく滑ることが出来なかった。
すっかり気落ちした渡部さんだが、「来年はこのゲレンデにもう立てないかもしれない」と毎回、気持ちを集中させ練習に励んだという。
「トップ選手のDVDなどを参考にフォームを研究し、何とかうまく滑れるように努力しました」
手術で筋力がなくなり、力みが抜けたのが良かったのか、これまでのフォームが変わって徐々にうまく滑れるようになっていき、渡部さんは自信を取り戻していった。
「スノーボードの仲間たちは、私の話し方にも偏見をもたず普通に接してくれたので、気持ち的にも随分助かりました」
渡部さんの努力とスノーボード仲間たちの協力もあり、2016年に開かれた大会では見事、5位入賞を果たし、念願のスノーボードデモンストレーターになることができた。翌年にも大会に出場し、自己最高の2位になる活躍ぶりだった。

いままた、新たな夢に挑戦

スノーボードデモンストレーターになるという夢がかなった渡部さんは今年(2019年)、新たな夢に挑戦する。
渡部さんは昨年12月に15年間務めた平塚市役所を退職した。今年4月に行われる平塚市議選に立候補するためだ。
奥さんに相談すると「挑戦する人生があなたにあってるし、折角、助かった命なので私がやりたいようにやればいい」と言ってくれた。
何故いま安定した職を投げ打ってまで、市政に挑戦する動機は何なのか。
渡部さんは力を込めてこう話す。
「自分ががんになってみて、世間のがんに対する誤解や偏見がものすごくあることを感じました。私は生に向かって生きて行こうとしているにもかかわらず、世間一般では死に向かって行っているような扱いをされてしまう。がんや障がいがあっても不利益や後ろめたさを感じなくてもすみ、誰もが夢を持てる社会の実現に少しでも貢献したいと思っています」
世間ではまだまだがん患者だけでなく、障がいを持っている人々に対する偏見が満ち満ちている。渡部さんは自身ががん患者になり、話すことが不自由になったことで、実際に体験した偏見の数々を少しでも取り除く手助けになればとの思いからだという。
選挙の結果はどうあれ、がん患者や障がい者に対する社会の偏見を取り除くためにも渡部さんの今後の活躍を祈りたい。
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