下着のプロは転んでもただでは起きなかった 乳がん患者を含む、女性のための美と健康のケアが目的の下着作りを目指す
下着のプロがたまたま乳がんになったということ

多くの女性が望むエイジングケアと、乳がん手術をした女性が望むバストラインの補正ケアができるブラジャーを完成させた西沢さんは2013年9月、「女性の尊厳と新しい価値をデザインする」株式会社BRALABO(ぶららぼ)を立ち上げ「西沢式フィテングブラジャー」の販売を開始した。
「よく誤解されるのですが、BRALABOは乳がん患者が作った下着の会社ではなく、下着のプロが作った下着企画会社なんです。その下着のプロがたまたま乳がん患者だったということです。がん患者さんを含むすべての女性のためのバストの美と健康のケアが目的なんです」
西沢さんは取材中、何度もこの点を強調することを忘れなかった。
2015年には青山にサロンを開設した。自身が乳がん患者で左乳房全摘手術を受けていることを、ネットなどで公表していたので、サロンには乳がん患者も訪れて、乳がん手術、乳房再建手術による左右非対称のバストラインに悩む相談も受けていた。
バストメイクとブラジャーの仕組みから気づいた新発明開発


サロンを訪れる乳がん患者の中には、西沢さんがそれまで実践していたブラジャーだけの補正ではとても無理だという乳がん患者も多くいた。
「私はブラジャーのプロなんだから、乳がん仲間の悩みを聞くことだけでなく、その仲間のための製品を開発することじゃないか、そう思いました」
西沢さんは乳がんの告知を受けたときには、再建手術をしてくれる医師10人ほどと会って話を聞いた。
また、アラガンジャパン社の人工乳房が保険適用になるか、ならないかの時期で、西沢さんはアラガンジャパンにも取材に行き、人工乳房(エピテーゼ)の体験スクールも受講、また大手下着メーカーのパッドも確かめたが、まったく西沢さんの希望に沿わないことがわかったという。
「これらの専門各所にいろいろ話を聞いてみて、ここには、バストメイクの概念とか、なんでワイヤーブラジャーを着ける必要があるのかは知らないということがわかりました。女性の自然のバストは動くものです。下を向けば下に垂れ、寝れば横に流れ、かたちは変化します。ところが、乳房再建手術や人工乳房、既製品パッドは自然のバストのようには動きません。そしてすべて下垂型で下にボリュームがある��で、バストアップをメイクするワイヤーブラジャーが着けられません」
そこで、西沢さんは乳がんの仲間に向けて、ブラジャーとセットで使用するバストアップ型シリコンパッドを開発し、個々のフィット感と個々の左右対称をつくるオーダーメイド「バストデザインツインセット」の販売を始めることになった。
作成手順・費用等、詳しくはBRALABOのHPをご覧いただきたい。
お客さんが自分の商品を着けて天国に旅立った

西沢さんはこの商品を開発した当初は、身体に埋め込まれていないことが唯一のデメリットだと考えていたが、恐る恐る愛用者にそのことを聞いたところ、愛用者全員から「着脱できるからこそ安心できていい」との回答を得た。西沢さんの心配は杞憂に終わった。
BRALABOは手術跡の傷のガードの役割もあり、愛用者からは「安心して満員電車にも乗れる」「小さい子どもが抱きついてきても安心」などの声がある。
BRALABOの愛用者はBRALABOの良き応援者となり、ずっと心を寄せた付き合いを続けている。その中でも、昨年(2018年)9月に亡くなった女性は、西沢さんにとって一生頑張れるだけの応援を残してくれた人だ。
「あるときふと、そのお客さまのことが気になって彼女が住んでいる茨城県に出かけてお話しをしました。このお客さまは骨に転移してコルセットをされていました。お会いしたときは、そのシルエットからバストデザインツインセットは着けていないな、と思いました。すると彼女が『桂子さん、外に出るときは危ないからコルセットしてるけど、家にいるときは桂子さんのブラとパッドをしているほうが楽だから着けているのよ』と言ってくださったんです。そのときは、私に気を使っておっしゃってるんだなと思ってました」
西沢さんが会って2週間経たないうちに彼女は亡くなった。葬儀は家族葬で執り行われたので葬儀には出席しなかったが、彼女には友人が多かったこともあり、夫がFB(フェイスブック)に家族葬の模様を掲載した。
西沢さんはそのFBを見て本当に驚いたという。
「棺桶の中には今は規制があり多くのものは入れられないと聞きますが、バストデザインツインセットをご主人が着けて天国に送ってあげたとのことでした。それは彼女の意思か、ご主人の意思かはわかりませんが、いずれにしても、彼女にとって天国までも一緒に連れて行くべき大切なものだったのだと知り、本当にBRALABOを信じ頼ってくださっていたのだ、あの言葉は本当だったんだと感謝の念が湧くとともに、まさか自分の開発したものが、このように人の最期にまで関与できたことに胸が震えました」
乳がんでバストを失った身体に新しい価値観を想像していく
いま西沢さんは、シリコンパッドをオシャレにすることを考えている。
「人工乳房は乳首をつけて血管も描いてリアルを追求しています。乳房再建手術もリアルな乳房を目指しています。『西沢式バストアップ型パッド』は、ブラジャーカップの中に入れて服で隠れているものなんですよ。『西沢式フィテングブラジャー』愛用のお客さまに友禅の作家さんがいらして、そのかたとお話ししていい考えを思いつきました。
例えば、シリコンパッドに赤い椿の花を描いてもらう、その椿の絵と同じ色の赤いサテンのブラジャーがあれば、それこそ〝ツインセット〟ですよね。ちょっとアバンギャルド過ぎるかもしれませんが、乳がんになったからこそできるオシャレだと思うんですよね」
西沢さんはその商品を、2021年のパリ国際ランジェリー展に出品して世界に発信することを考えている。
「いまは自分のスタイルをきれいに見せるためのアイテムですが、シリコンパッド自体がオシャレできれいなアイテムになれば楽しいのではないかと思うんですね」
乳がんで左乳房を失っても、「長年培ってきた下着とファッションの知識が新たな場面で生かされ、生き抜いていく力をお客さんからいただいて感謝している」とパワフルに語る、西沢さんの目は常に前を向いている。
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