回り道をしたが、ALK融合遺伝子変異ありの結果で道は開けた 全身に転移した肺腺がんステージⅣbからの生還
骨シンチで全身に黒い斑点が
入院した日の夕方、看護師長から入院後の日程を聞かされた。最初の数日は検査が中心で、頭部腫瘍の放射線治療は19日から23日までの5日間の予定。15日に肺がん細胞を採取する生体検査を行い、その結果を見て肺がんの治療方針を決めるという説明を受けた。
19日に放射線治療が始まった。放射線治療は定位照射で1回7Gy(グレイ)を5回、全部で35Gyを脳に照射。照射時間は15分程度。
放射線治療を受けている間、毎回「私は健康な身体になるためこの治療を受けます」と、こころの中で何度も唱え、放射線装置を発明してくれた人々や、治療をしてくれる人に「ありがとう」と感謝した。
ある朝、枕に大量の髪の毛が抜け落ちているのに気づいた。
「定位照射だったので、放射線が当たるところと当たらないところがあります。ですから放射線が当たったところは1周ぐるり回って見事に抜けましたね」
6月23日、放射線治療の最終日、放射線科の医師に呼ばれ数日前に受けた骨シンチグラフィ検査の結果説明を受けた。
医師は「この黒くなっているところが、おそらく転移しているがんですね」と言って、PC画面を刀根さんに見せてくれた。その画像には素人目にもわかるほど全身に黒い斑点が無数にあった。
「頸椎から肩甲骨、肋骨。背骨、腰椎から骨盤、股関節から大腿骨に転移があり、こんなに全身に転移があるので、全身に放射線を照射するわけにはいきません。私としては急に下半身が動かなくなることがないよう、腰椎の部分だけでも放射線を照射することをお勧めします。今後の判断は刀根さんのドクターチームの判断になると思いますが、以上の所見を報告書に書かせていただきます」
ALK融合遺伝子変異が陽性と判明!

<その日の消灯時間が過ぎた頃、担当医が刀根さんを訪ねてきてこう告げた。
「先日行った生検の結果、刀根さんの遺伝子からALKが見つかりました」
刀根さんは自分がALK陽性であることに本当に驚き、「えっ、本当ですか!」と思わず拳(こぶし)を握りしめガッツポーズした。
「ALKの患者さんに使うアレセンサ(一般名アレクチニブ)はとても良く効くお薬で���。週明け、主治医から詳しい説明があると思います」
刀根さん夫妻は、現在の病状について改めて主治医の説明を受けた。
期待したALK陽性の説明は後回しで、現在の病状説明から始めた。その説明は原発の左肺の病巣から始まり脳、右肺、リンパ節、肝臓、左右腎臓、脾臓、全身の骨に転移している状態にまで及んだ。
刀根さんはこう言った。
「つまり、全身がんだらけということですね」
「はい、そうです。ステージⅣbというところです」
こんな状態から治った人の話は聞いたこともなかったし、本で読んだこともなかった。でも主治医の話を聞きながら、自分は治るんだと思ってなんだか嬉しくなった。
そしてやっとALK陽性の説明が始まった。
「生検で50個採取した細胞のすべてから、ALK融合遺伝子が見つかりました」
週末に担当医から予め聞いてはいたものの改めて主治医から聞かされ、嬉しさがこみ上げてきた。
ただ、主治医はアレセンサという薬についてこう釘をさすことも忘れなかった。
「この薬はがんを治す薬ではなく、がんの増大を抑える薬です」
それを聞いて刀根さんはこう訊ねた。
「この薬を飲んで治った人はいないのですか」
「私は刀根さんを含めて2人目なのでなんとも言えませんが、前に治療した人は治っていません」
それを聞いた刀根さんは、すかさずこう応えた。
「それでは、僕がその1人目になりましょう」
予定通りに無事、退院することが
翌日から朝晩、食後にアレセンサを1錠、計2錠、服用する毎日が始まった。
刀根さんは放射線治療を受けたときと同じように、アレセンサを服用する前に感謝の言葉と共に服用した。
副作用はどうだったのだろうか。
「僕はいままで便秘をしたことがなかったのですが、初めて便秘を経験しました」
アレセンサを服用し始めて便秘以外は、万事順調に行っていた。
そんなある日、目に異常を感じた。
「がんの転移があって目の視界は悪かったのですが、視界がクリアになってきたな、と思っていたら、今度は左右の眼ともに真ん中あたりが歪み始めたのです。またベッドに寝て病室の天井を見ていると、毛細血管が見えたりするんです」
その症状を担当医に伝えると、「それは脳に放射線を当てたからですよ」と言われたのだが、多分違うのではないかと思った刀根さんが眼科で診察してもらうと、両眼の網膜にがんが転移していたのだ。
東大病院の眼科医は「非常に珍しいケースです。眼の腫瘍は非常に珍しいので、当院には専門家はいません。明後日、目の腫瘍の専門家が来ますのでもう一度、その専門の診断を受けてください」と言った。
「またピンチがやってきたのかと思いました。しかし、一度死にかけた身からすれば眼に転移があっても、悪くて失明するぐらいで死ぬことはないと、それほど気になりませんでした」
改めて眼の腫瘍専門家の診断を仰ぐと、「2週間毎日、放射線を照射する治療をやりましょう。その治療をやると白内障になりますが、失明するよりいいでしょう。でも決めるのはそちらの担当の先生ですから」ということだった。
アレセンサを服用し始めてからすべて順調にいっていた刀根さんの退院日は、7月10日に決っていた。
「その日は妻との24回目の結婚記念日で、折角いいスケジュールで流がきていたのにまたピンチがやってきたのかと思いました」
さて、退院の日は延長されるのか、その決定を診察室の前で待っている間、刀根さんはこうこころの中で何度も念じたと言う。
「僕に不都合なことは起こらない」
「僕は7月10日に退院して、南伊勢に行くんだ!」
そんな思いが通じたのか、7月10日の退院が予定通り決まった。
全身にあったがんからの生還
南伊勢旅行から帰ってきた翌日の7月19日、再び東大病院に出向き、全身のCT撮影と血液検査を行い翌日、奥さんと2人で検査結果を聞きに行った。
結果、左肺の原発巣を除き脳、右肺、眼、肝臓、左右腎臓、脾臓、全身の骨に転移していたがんもほとんど消えていた。原発巣についても入院当時の約4.8㎝×3.3㎝から約1.8㎝×1.3㎝くらいに縮小していた。
刀根さんは担当医にこう訊ねた。
「アレセンサを飲んで、肺がんが全部消えた人はいままでいるのですか」
「CT画像上でがんが全く見えなくなった患者さんは、数%以下です」
「では、私がその数%以下に入ります」と担当医に刀根さんは自信たっぷりに応えた。
全身にあんなにたくさんあったがんが、たった20日でほとんど消滅していたのだ。まさに奇跡とも呼べる出来事だろう。
2018年1月のCT検査では、左肺原発巣は筋のようになっていた。担当医からは「これはかさぶたみたいなものです」と言われた。
そして2019年4月の検診では、完治を告げられるまでに回復していた。刀根さんはアレセンサの服用を止めてもいいのか、訊ねると「薬を服用していることで、この状態を保っていると考えられますので、止めないでください」と言われた。
現在、刀根さんはアレセンサを毎日朝夕2錠服用し、2カ月に1度、定期検診のため東大病院に通いながら、社内研修の講師を務めている。
「がんになったことで、以前と同じ内容のことを喋っていても深みがまったく違っています。取り分けストレスマネージメントの話になれば、僕のがん体験談ですから伝わり方が全然違いますね」
62㎏あった体重が一時は50㎏近くまで落ちたが、現在では56㎏まで戻ってきた。
最後に刀根さんは、がん患者にこうアドバイスを贈ってくれた。
「僕はがんになる前は、無意識に多くの制約や責任や義務を自分に課して、それを果たさなければ、生きている価値がないと思っていました。しかし、がんになって、人は皆生きているだけで十分なんだ、素晴らしいことなんだ、と思えるようになりました。それと生存率が何%とか言う医師のネガティブな発言を決して鵜吞みにしてはいけません。それは自分以外の誰かのことなので、その言葉に耳を傾けてはいけません。どんな病気になっても気持ちの持ち方が大事です」
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