〝がんになってもハッピーに人生を歩んでいくことが健康〟の精神で 絶望の淵に立たされた乳がん患者が撮影スタジオを設立
術前術後の写真が安心して撮れるスタジオの設立を

岸さんはその交流サイトで乳がん患者とやり取りをしているうちに、手術前後の写真を自撮りしている人が多くいることに気づいた。
「ただ、その写真を見てなんか生活感があってきれいじゃないよね、と思いました」
そこで岸さんはSNSを通じて発信すると、「プロのカメラマンに安心して美しく撮影してもらいたい」という声が多く返ってきた。
その反響の多さに、これは是非とも実現したいと思った。
それは岸さんが乳がんと診断され、手術前など精神的にすごく不安な気持ちになったことが大きく関係している。
同じ不安を抱えるこの時期に乳がん患者をサポートする必要がある、それと術前術後の写真を気軽に撮れるスタジオがないと気づいて、とにかく自分がやってみようと思ったという。
「私が抗がん薬治療の前に料理教室の先生に会って救われ、元気づけられたように私も写真を撮りに来てくれた乳がん患者さんが、〝私が手術や抗がん薬治療、放射線治療を受けたけどいまこんなに元気にしていますよ〟という姿を見てもらうことで、〝私も治療をがんばる〟という気持ちになってもらえる、そんな場所をつくりたいと思いました」
さまざまな思いを胸に撮影スタジオを訪れる
そこから岸さんは一気にその夢の実現へと突き進んでいく。
スタジオを立ち上げるための資金280万円はクラウドファンディングで集め、2019年10月東京・白金台に「ブレストキャンサーポートレート」スタジオをオープンさせた。
撮影するのは岸さん本人だ。
「同じ乳がん患者としての思いの深さが写りにも表れるし、なにより乳がん患者さんの警戒心がほどけリラックスできることが大きいですね」
オープンした当初、想定していたよりも反響の大きさに驚いた、という。
「この撮影スタジオにいらっしゃる乳がん患者さんは、私が乳がん患者ということもあって写真を撮られることに全然躊躇されません。撮影に訪れる方の年齢は20~60代までいらっしゃいます」
岸さんの撮影スタジオを訪れる乳がん患者さんの思いは様々(さまざま)にある。
「手術する前は自分の胸はこうだったという証(あかし)として撮っておき、彼ができても前はこうだったと見せたいと、そのときの自分の決意を画像として残しておく方。再建手術をする前に来られ���方は、1年前全摘してこんなに人生でつらいことはなかった、だからこれ以上、人生で落ちることはない、あとは上がっていくだけだという決意のために撮影してほしいといって見えた方も。また、乳がんのお母さんが娘さん2人と一緒に撮影されました。乳がんになったので、彼と別れなければいけないかと涙を流しながら話された方もおられます。私はそのような悲しみに屈してしまってる方や笑顔を創ることで必死になっている乳がん女性の方々の心を支えたいと思っています」
健康ということの本当の意味
幸いにも治療は奏功し、現在は定期的に検診を受けている状態だ。
岸さん自身はがんになってどう変わったのだろうか。
「がんになる前は、がんになったらアウトと思っていました。でもそうじゃない。がんになった当初は〝キャンサーギフト(がんからの贈り物)〟という言葉は理解できませんでした。けれど、いまはその言葉がよく理解できますし、気持ちの持ち方も変わったので、小さいことにイライラしたりしなくなり毎日がハッピーに過ごせるようになりました。このスタジオに来られる方には、『いまは本当につらいかもしれませんが、絶対に大丈夫です』というひと言をかけたいと思います」
インタビューの最後に岸さんの名刺に書かれていた「病気があっても幸せで健康」ということについて訊ねてみた。
「シドニーの大学院で学んでいるときに、『健康とはどういうことかわかっていますか』という授業がありました。そのときの私は〝健康とは病気がないことだ〟というイメージしかありませんでした。でもそのとき、先生は『例え病気であっても幸せでいられることが健康だということです』と話されました。私もそうですが、授業に感銘を受けた各国の学生たちが全員スタンディングオベーションしたのです。
そのときの印象がすごく強く残っていて、帰国してからも仕事を立ち上げるならその精神でやっていきたいと思い、名刺に書かせてもらっています。〝がんになってもハッピーに人生を歩んでいくことが健康〟ということを皆さんに伝えていきたいと思っています」
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