やっと診断がついた悪性リンパ腫ステージⅣ 生き方の呪縛から解き放されコスプレスタジオを開設
コスプレをすることで自分に自信が
田中さんは闘病中に楽しみを見つけていた。それは副作用で脱毛した頭に被るウィッグの毛の色をさまざまに変えて、自分の変身した姿を楽しむことだった。
「悪性リンパ腫と告知を受けた翌日には、もうウィッグを注文していました」
そうした変身を楽しむ気持ちが芽生えたのは、田中さんにもともとコスプレに熱中していた時期があったからだ。
コスプレを始めるようになったきっかけは、中学3年生のとき。友達をつくることに失敗してこのままどうやって生きていけばいいのか漠然(ばくぜん)と悩んでいた時期だった。
「自分に自信がなかったこともあって、当時憧れていた『ファイナルフンタジー』のユウナというヒロインのようになってみたいと思ったことでした。そのユウナの衣装を着ると、自分もユウナのようになれた気がして自信が持てました」
コスプレをすることで自信を取り戻すことができた田中さんだったが、その好きだったコスプレを止めたのは18歳のとき。それは(当時掛かっていた)婦人科の医師から言われたひと言だった。
「このままだと将来、不妊症で悩むことになるよ。結婚してすぐに子どもが欲しいなら早めに治療したほうがいい」
そう言われ田中さんは「大人になったら結婚して子どもを産まなくてはいけない、そうでないと何も取り柄のない自分は親孝行ができない」と、自分の中で決めつけてしまったという。そして、不妊治療を受けるためコスプレを止め、田中さんは25歳のとき結婚した。
「不妊治療をして3回妊娠したのですが、3回とも不育症で流産しました。夫は不妊治療をしているときでも『そんなにつらいのなら、止めていいよ』と言ってくれました。悪性リンパ腫を発症したときも『何とかなるよ』と言ってくれました」
その夫の言葉が田中さんの不安な気持ちを和らげてくれた、という。
ほっと落ち着くような空間を
田中さんがコスプレ向けの貸切専門スタジオをオープンするに至った経緯はこうだ。
悪性リンパ腫になる前に働いていた弁当屋のオーナーは、夜は居酒屋を開いていた。寛解した後、その店で働きだした田中さんに、オーナーから「別のビルで猫カフェをやっているのだが、隣に部屋が空いているけど何がやらないか」と誘われたことから。
「抗がん薬治療中もコスプレはしたかったのですが、脱毛していたのでコスプレ用のウィッグの取り外しのときに人の眼が気になってコスプレイベントに行く勇���が持てませんでした。他の人が楽しそうにしている中、自分だけなんでがんなんだろうという気持ちになってしまうのが怖かったというのもあります」
治療を終えた田中さんは、少人数でも利用できる貸し切りのスタジオがあることを知り利用する。利用時間は本当に自分たちだけの貸切空間。気心知れたメンバーで、気兼ねなくコスプレを楽しむことができ、オーナーの方の対応も親切で心から感動した。
「こういう場所があったんだ。こういう場所なら治療中でも人の目を気にしたり、我慢することなくコスプレができたんだな」と思った。そしてそんな場所を自分でも提供できたらいいな、とそのとき思ったという。
居酒屋のオーナーからの提案を受け、すぐに行動を起こした。そして「和風中華撮影スタジオ すたじお灯(あかり)屋」は、今年(2020年)6月6日に横浜市戸塚区のビルの1室にオープンすることになった。
「本当は4月17日にオープン予定だったのですが、このコロナ禍で緊急事態宣言が出てオープンが延びてしまいました」
「スタジオには、いっぱい灯をつけたい気持ちがあって、それはこの部屋にいるだけで心がほっと落ち着くような空間にしたいという気持ちがあったからです。
コスプレの貸し切りスタジオはそれなりの数はあるのですが、大人数を集めて借りないと1人当たりの料金がどうしても高くなってしまいます。ここは少人数でも気兼ねなく自分の『楽しい』を追求できるようにという思いもあり、少人数でも気軽に利用していただける料金設定を心がけました」
平日は5時間貸し切りで1人3,500円、7時間貸し切り1組(上限4名)で 12,000 円。土・日・祝日は5時間貸し切り1人4,000円、8時間貸し切り1組(上限4名)で16,000 円だ。
取材の終わりにこう訊ねてみた。悪性リンパ腫になってからとなる前とでは、気持ちの上で何か変化がありましたか?
「昔から両親に心配をかけていたから、自分にせめてできる親孝行はなんだろうと考えたら、結婚して親に孫の顔を見せてあげることだと思ったんです。20代のうちは子どもを産まなくてはという、強い思いに縛られてすごくつらかったのですが、そのつらさすら自分ではよくわからなくなって、ガムシャラにそうするしか道はないんだと思い詰めていました。
ところが、悪性リンパ腫を発症して自分の命が危なくなったことで、自分自身の人生を改めて考えてみるいい機会になりました。それまでの子どもを産まなくてはという呪縛から解放されて、自分の命と向き合って自分の好きなことをやっていこうと決めてから、すごく気持ちが楽になりました。だから自分では悪性リンパ腫に出合えてよかったという感覚しかありません。不妊治療は本当につらくて、がん治療より大変な思いをしました。これからは勝手な思い込みで自分を縛りつけるのではなく、自分が楽しいと思う生き方をする、そんなシンプルなことが一番の親孝行になるのではないかなと今は思っています」
人は誰でも多かれ少なかれ何かの呪縛に囚われて生きている。しかし、病気になったことでその人間を苦しめていた呪縛が解ける契機となったとすれば、 病気になることも一概に悪いというばかりではない。新たな生きがいを見つけた田中さんのコスプレスタジオが、希望の灯となり続けてほしい。
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