「同じ舌がんの人の役に立てれば」と綴った絵日記から生まれるエネルギー ささえてくれる人への感謝を絵に描きとめておきたい
まるで拷問…深刻すぎる味覚障害
味覚障害は、まったく味がわからなくなるほど重度に至り、一向に回復する気配がない。食べ物の味も、食べる喜びも味わえない、ただ黙々と食べ物を流し込む3度の食事は「餌」みたいに感じた。
「好きなカレーも味がわからないとカレーを食べている気がせず、情けなくなって食べたくない気分になる。しょうゆやソースをいくらかけても味がしないのに、「味が薄いな」と、つい足してしまうんです。しょうゆをたくさんかけ、そのにおいで勢いをつけて食べるという感じです」
入院中同室だった舌がんの患者さんは、放射線治療による味覚障害が出ていなかった。3食きっちり食べている姿を見ると、副作用には個人差があるとはいえ、なんだか損をしているような、納得がいかない気分になった。
そんな吉見さんに口腔外科の看護師さんたちは「きっと治りますよ、一緒に頑張りましょう」と声をかけてくれる。それがなんとか励みとなった。
激減した体重が戻ったら気力も湧いた
「手術をして2~3年過ぎたら、体は元気になって普通に生活できるようになります。すると治ったと思いますよね。でも友人との宴席では食べられない。すると『なんで食べないの?』と聞かれる。説明するのがだんだん面倒になってきて……」
好きだった飲み会なども、いつしか断るようになり、体重は12㎏減っていた。
そんな吉見さんに主治医は、こう話したのだ。「食べられなくて酒でカロリーとっている患者さんもいますよ」と。このちょっと捻った主治医の助言が、吉見さんの背中をそっと押すことになる。

「それを聞いて安心。お酒は飲んでもいいのかと(笑)。もちろん飲みすぎは駄目ですが、お酒があると食も進むし、飲みながらだと、食べるのに時間がかかってもそんなに気になりませんし……。それで、もういいやと少し開き直れたんです」
気分的に楽になり、いつしか飲み会にもまた出かけるようになった。体重にも増加のきざしが見え、体力が戻ってきている実感も出てきた。しんどかった犬の散歩がこなせるくらいまで回復してきたら、積極的に動こうという気力も湧いてきたという。
「友人に誘われたスキーも体力が不安で断念したし、和太鼓演奏のサークルにも完全復帰したいけれどやはり体力に問題が残る。でも、こんな思いは嫌だ。なんとかできるようになりたいと必死でした」
たくさんの人に支えられ治療ができるのだから

43㎏まで減った体重は、もう少しで50㎏になる。吉見さんが外来を訪れると、「顔色いいやん!」「太ってきたね」と看護師さんが声をかけてくれるそうだ。
彼女たちの温かさにどれだけ救われただろう。そして信頼する主治医。心配をかけた家族。吉見さんのために激励会をしてくれた友達や仕事仲間たち。「病気封じ」の神社でお百度を踏んでくれた妻がいる。
支えてくれる人たちがいて治療が続けられるのだと、吉見さんはつくづく思う。たくさんの人たちの協力があってこそ、治療が受けられているという事実を、記録として描きとめておきたい。描くことで、自分に協力してくれる人たちへの感謝が示せるではないか。これが、吉見さんが描き続ける理由でもある。『舌にデンボ~』は、『手術入院編』のあとに『放射線治療編』、『放射線治療副作用編』、『外来編』へと続く。
絵日記はすでに冊子のかたちに仕上がっている。要望があれば渡すこともあり、ブログでも公開している。反応は好意的だ。舌がんで手術を予定している人からは、吉見さん同様に「情報がない」という人も多く、たくさん質問をうけてきた。

また、芸術系の大学では、「がん患者に対してアートが果たす役割を探る」というテーマの教材になったり、病院の緩和ケア部門でワークショップに使われたりと、手に取った人によって、吉見さんが予想もしていなかった活用方法が見いだされる。
「主治医にも見てもらいましたし、口腔外科でも嚥下障害のリハビリで役に立つと言われました。もしも書籍になれば、例えば病院やリハビリセンターとかで副読本的な立場で見てもらえるかもしれません」
使命感に突き動かされるように、吉見さんの「治療絵日記」は続く。


ブログサイト「『舌にデンボができましてん』舌がん治療絵日記」 : http://denvou.blog136.fc2.com/
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