8回手術を受け、2度声を失いながら、がんと闘い抜く現役医師 がんとの闘いに挫けそうなときは私を思い出してほしい
ロックギターをかき鳴らす「金髪先生」として評判に


下の写真)最初のがんによる咽頭・喉頭・頸部食道全摘手術後に職場復帰し、整形外科手術の執刀をする赤木さん(右側)。シャント手術を受けて声を取り戻した
仕事に復帰後、赤木さんの行う整形外科手術のスピードは以前にもまして向上した。頸部のボタンを押さないと声が出せなくなった影響で、集中力も研ぎ澄まされ、手術が短時間で終わるようになったのだ。
問題は、シャント手術により声は出せるようになったものの、大きな声が出せないことだった。手術のときはマスクを2重にするので、声が小さいと助手の医師や看護師に指示が伝わりにくくなる。そこで、赤木さんは一計を案じ、秋葉原でヘッドセット型のマイクと8㎝角の小さなアンプ付きスピーカーを購入。試行錯誤の末、小さな声を増幅して聞こえやすくすることに成功した。
外来患者数は次第に増え、整形外科医の陣容も、赴任当時の1人から3人へと拡大。赤木さんの評判を聞いて、海外から治療に駆けつける人もいるほどだった。
しかし、どんなに忙しくても、赤木さんは、以前のような仕事漬けの生活に戻ることはなかった。仕事の合間を見つけてはハワイやヒマラヤに出かけ、ときには、仲のよい患者たちと一緒に小旅行を楽しむ。抗がん剤治療の直前から始まった「ギター購入症候群」も重篤化の一途をたどり、自宅の地下室は一大コレクションルームと化した。ギタリストとしてバンドユニットを結成し、思い切って髪も金髪に染めた。こうして、「永生病院の金髪先生」の評判は、日増しに高まっていった。

術後5年を目前にしてがんが次々に再発
口腔内に舌がんが見つかったのは、下咽頭がん治癒のめどとなる術後5年まで、あと半年を残すだけとなった、2010年7月のことである。
その3カ月ほど前から舌に潰瘍ができ、定期検診の際に細胞診を行ったところ、「扁平上皮がん」との診断が下った。
「ついに来たか、という感じで、とくに衝撃はありませんでした」
そのよう���、赤木さんは淡々と語る。診断から1週間後の7月31日に、手術で舌がんを摘出。ところが12月下旬、今度は、切除した舌の奥が痛むようになった。鏡で舌を観察したところ、舌の右側に腫瘤を発見。翌年1月に病理検査を受けたところ、舌がんの再発が判明した。
「できるだけ、再々発の危険性が少ない治療法をお願いします」
2011年1月20日に再発舌がんの手術を実施。舌を4分の1と、下顎骨を含めて奥歯3本を切除した。さらに、手術で欠損した部分には、胸から血管付きの皮膚が移植された。
手術から2カ月後の3月、職場に復帰。だが、がんはその後も追撃の手を緩めなかった。
4月中旬、今度は中・下咽頭がんが再発。さらに、内視鏡検査を行ったところ、食道がんが食道上部と下部の2カ所に見つかった。5月中旬、手術により咽頭がんと上部の食道がんを摘出。今後はもう、声を出すことはほぼ無理だろうと告知された。このときの心境を、赤木さんは6月15日の日記にこう書いている。
〈神は私に何を教え、何をさせようとしているのでしょうか?(中略)二度も声を失い、声がなくて復職できるでしょうか?それなら、私はすべてのガンを乗り越えて生き残り、iPadで筆談し、MacBookの発声で職場に戻ってみせましょう。私が病に打ち勝ち、病を乗り越え、復活する人間の強さを皆さんにお見せしましょう〉
iPadやiPhoneで新しい診療方法を模索
9月26日に下部の食道がんの手術を行ったが、その3カ月後、今度は下咽頭がんが再発。今年1月、頸部食道を全摘し、空腸を移植して再建。3月には口蓋垂にがんが再発し、手術。わずか1年7カ月の間に、赤木さんは、実に7回ものがん手術を繰り返したことになる。
いつ終わるともしれない、苛酷な闘病生活。にもかかわらず、赤木さんは「がんになってよかった」と力強く言い切る。
「利点の1つは、『自分の死を意識できた』ということです。死は誰にでも訪れる。死んでしまったら、もう自分の人生を生きることはできない。1度しかない私の人生が、いつも私に『何がしたい?何ができる?』と問うのです。自分の人生を全うするということは、本当に大変なことだとわかりました」
「自分の生涯を賭けて、患者さんの役に立ちたい」という思いは、赤木さんの不屈の闘志を呼び覚ました。赤木さんは診療を続けるために最新の音声技術やIT技術を駆使する。
その1つに、タブレット端末「iPad」の筆談ソフトを活用する方法がある。これは、タッチペンで画面の下部に文字を書くと、上下反転した文字が反対側に現れるという優れもの。これなら、画面の向きをいちいち変えなくても、対面する患者が医師の書く文字をそのまま読める。筆談がとてもスムーズだ。
もう1つの愛用ツールは、スマートフォン「iPhone」対応のソフト「指伝話」。これは、登録した言葉のリストの中から、伝えたい言葉を指でスクロールして選択し、音声で伝えるアプリである。その場で言葉を打ち込んで会話することもできる。赤木さん自身もこのソフトの開発に協力し、今年2月に発売されたばかりだという。
「痛みはどうですか」「痛いのは右ですか、左ですか」「力を抜いて楽にしてください」「痛かったら言ってくださいね」「では、お大事に」等々、診察でよく使う文例を登録。患者とのコミュニケーションに絶大な威力を発揮している。
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![]() | IT技術を駆使した外来診療の様子。ipad端末に文字を入力し、読み上げソフトで音声化する。いわゆる電子音声とは異なり、イントネーションや抑揚も整った日本語になる。筆談ソフトを用いた画面には、対面しながらお互いに書き込める。指電話ソフトのアプリを用いたiphoneの入力画面。音量が必要なときは、スピーカーを接続することも。これらの機器は外出時もいつも携帯する |
どんな困難に直面してもけっしてあきらめない
8つのがんという試練と闘ってきた赤木さん。「この1年半は、自分の命を守ることで精一杯だった」と振り返る。
「これで、私とがんとの闘いが終わるのか、まだまだ続くのかはわかりません。でも、私は8つのがんと、笑顔で闘ってきました。2度も声を失いましたが、こんなことは何でもありません。失った機能よりもっと大きなものを得、もっと多くのことを知ったからです」
次々と畳みかけるように訪れる試練。それに平然と立ち向かう赤木さんの姿は、あきらめず、与えられた命を全うすることの大切さを私たちに教えてくれる。
「8つのがんと闘うことで、私のなかに、どんな困難にも立ち向かうことのできる力が備わりました。声は出なくとも文章は書けるし、音楽を聴いたり、演奏することもできる。前を向いて1歩1歩、生きていくことは十分に可能です。もちろん、誰もががんと前向きに闘えるわけではないかもしれない。でも、闘いに挫けそうになったときは、私の話を思い出してほしい。それを力に変えていただければ、とても嬉しいのです」
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