大腸がんを体験し見出した「美味しくて安心して食べられるお菓子」への道 「お菓子を食べられる幸せ」を届けるのが私の使命です

取材・文:吉田燿子
発行:2012年4月
更新:2013年8月

大好きなフランス料理やスイーツを断念

大腸がんの経験は、重野さんの仕事に対する考え方を180度変えた。それまでの重野さんにとって、フランス料理やフランス菓子とは、「ひたすら美味を追求する仕事」だった。バターでこんがり焼き上げたケーキや、口溶けのよいクリームのとろけるような味わい。それは重野さんにとって、生きる喜びそのものだった。

だが、大腸がんを経験した今は、味よりも健康を第1に考えなければならない。がんの再発を防ぐ意味でも、動物性脂肪やトランス脂肪酸の摂取はタブー。バターやクリームをふんだんに使った贅沢なディナーやデザートは、あきらめざるをえなかった。

「対がん協会などの資料には、欧米型の食生活と発がんとの関係が指摘されています。私は料理研究家として、人の何10倍も脂肪や糖分をとってきた。それが大腸がんになった原因ではないかと思い、大好きなフランス料理やケーキを我慢するようになったんです」

初めての著書『きょうも、おいしく~大腸がん術後の体験談&レシピ』

初めての著書『きょうも、おいしく~大腸がん術後の体験談&レシピ』(女子栄養大学出版部・左端)は、Ricoの名前で出版。術後や再発予防のためのレシピを提案する本や一般的なスイーツの本も含め、多数の著書がある

重野さんが食事管理の重要性を思い知らされたのは、術後3カ月で経験した、ある出来事がきっかけだった。友人が重野さんの快気祝いにと、自然食レストランに招待してくれた。ヘルシーな野菜料理や玄米ご飯に舌鼓を打ち、ご機嫌な気分で帰宅。だが、調子に乗って食べすぎたせいか、重野さんは夜中に腹痛で七転八倒する羽目になった。

「口と腸はつながっている。食事ってすごく大事だなと思いました。術後の食事についてまとめた本はなかなかなくて、あったとしても『アジを半分だけ』とか、食事を味わうということからはほど遠いものばかり。だからこそ、自分の経験を活かして人の役に立てるような、術後の食事の本を作らなきゃいけない、と思うようになったんです。仕事というより、料理家としての使命感でしたね」

その思いは、後年、『大腸がん・大腸ポリープ 再発予防のおいしいレシピ』などの著作に結実することになる。

ヘルシーで美味しい菓子作りに挑戦

ヘルシーで本当に美味しいお菓子

体に負担の少ない素材を用いて作ったお菓子も始めは、「なかなか、本当に美味しくはできなかった」という重野さん。「『体にいいけど、味は劣る』というお菓子では納得しない」という考えのもと、素材選び、配合など、研究を重ねて「ヘルシーで本当に美味しいお菓子」は出来あがっていく

甘いものを控えるようになると、重野さんは逆に「スイーツ断ち」のストレスに苦しめられるようになった。そこで、マクロビオテックケーキのレシピ本などを買い漁り、健康な食材を使った「体に優しいスイーツ」を作るように。いつしか、「美味しいものは仕事のため、ヘルシーなものは自分のため」という不文律ができていった。

ところが、術後半年がたったころ、この不文律を根底から揺さぶるような出来事が起こる。

ある日、重野さんは知人に頼まれて、バターを使ったフルーツケーキを焼き上げた。それを一口食べたところ、あまりの美味しさに思わず涙がこぼれた。そして、心と体の奥底から元気が湧いてくるのを感じた。

「やはり、健康だけを考えて作ったお菓子と、美味しさだけを追求して作ったお菓子とでは、美味しさのレベルが違う。脂肪や砂糖を最小限に抑えて、リッチなケーキに負けない、とびきり美味しいヘルシーなケーキを作りたい」

そんな思いがムクムクと頭をもたげた。大好きなスイーツを我慢して、自分と同じストレスを抱えている人に、安心して食べられる美味しいお菓子を届けたい──重野さんの心にスイッチが入った瞬間だった。

これを機に、重野さんの料理研究家としての新しいチャレンジの日々が始まる。ヘルシーと美味を両立させるにはどうしたらいいのか。なんとかして、体調が悪くても安心して食べられるリッチな味わいのケーキを作れないか──試行錯誤の末、重野さんは独自のレシピを考案していった。牛乳の代わりに豆乳を使用。クリームやバター、チーズは使わず、オリーブオイルや菜種油などを少しだけ使う。砂糖は国産のものを使い、健康にいい奄美大島のキビ砂糖や和三盆糖とうなどを使うことにした。

「ヘルシーと美味しさを両立させるポイントは、材料の配合を徹底的に研究することです。砂糖や油を減らしても、『ここまでなら美味しい』というボーダーラインがある。そのギリギリのラインを探して、試行錯誤を重ねました。それに、健康的で上質な油や砂糖を使えば、量を減らしても美味しく作れる。バターを使わなくとも、ふっくら、しっとりしたケーキが焼けるし、香ばしいサクサクのタルトを作ることができるんです」

こうして2007年春、ヘルシー・スイーツのネットショップ「カフェ・リコ」を開設。2011年6月には、横浜に店舗もオープンした。今年1月にテレビ番組「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ系列)で紹介されると、店には連日、多くの客が詰めかけるようになった。

「カフェ・リコ」の実店舗 ネットで販売していたお菓子
ネットで販売していたお菓子だが、昨年横浜石川町に「カフェ・リコ」の実店舗「MOTOMACHI CUP BAKE Café Rico」をオープン

私のケーキをもっと多くの人に届けたい

「『カフェ・リコ』のマフィンを食べるとすごく調子がいいんです」「最近、体調が悪くて食欲がなかったんですけど、『カフェ・リコ』のケーキを食べて食欲が出ました」

常連客からのそんな言葉が何よりうれしい、と重野さんは顔をほころばせる。

昨年1月、術後10年目を迎えた重野さん。今は「カフェ・リコのケーキを、もっといろんな人に届けたい」と思いを語る。

「病気の人だけでなく、健康な人にも、私のケーキを普通に食べてもらいたい。私のミッションは、『カフェ・リコ』を通じて、食と健康についての情報を発信していくこと。ヘルシーで美味しいお菓子が作れる人を増やしていくことが、自分の使命だと思っています」

Café Rico

ホームページ : http://cafe-rico.com     Eメール:info@cafe-rico.com
(火~金am10:00~pm5:00、土~月・祝休)

店舗:
MOTOMACHI CUP BAKE Café Rico   (am10:00~pm6:00、月曜定休)
所在地: 横浜市中区石川町1-35-8 ruf元町2階
Tel/fax: 045-681-3634


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