「言いたくても言えない」がん患者の思いを代弁したい 「目指せ!一がん息災」。自らの乳がん体験をブログに綴る新聞記者・秦野るり子さん

取材・文:渡辺由子
発行:2012年1月
更新:2018年10月

小さな不安も話せるかかりつけ医がほしい

朝晩2回、漢方薬を煎じて飲んでいる

朝晩2回、漢方薬を煎じて飲んでいる。がんを体験したことで、食事の面などで体に負担をかけない生活を心がけ、体の変化に気づきやすくなった。でも仕事の仕方や忙しさはほとんど変わらない

病院に行くのは、4カ月ごとの定期検診と年1回のマンモグラフィ検査のときだけ。隔週で漢方医の診察を受けている。そもそも味覚障害が現れたとき、口の中が渇くドライマウスにもなり、調べてみると更年期障害の症状の1つで、漢方薬の効果が高いとのこと。

「近所の漢方薬局で漢方薬を処方してもらい服用を続けたら、とても具合がよいんです。でも、漢方薬局での処方だと薬代が月2万円ほどかかる。そんな話を知人にしたら、健康保険が適用される漢方医に診てもらったらとアドバイスされたのです。煎じ薬を処方していただき、今では薬代が月5千円ほどに。薬代が安くなったばかりか、かかりつけ医のように自分の状態をあれこれ話せるのが心強いですね」

乳がんの場合、通常の定期検診では局所再発を診る触診だけ。ごく早期の再発・転移を、特別な全身の精密検査で発見しても、生存率は延びないからだ。4カ月に1度、定期検診で問題なしと言われればホッとするが、その後また、本当に大丈夫なのだろうかという心配はいつでもつきまとう。ちょっとした体調不良が、がんの再発・転移によるものではないかと不安になる。

「膝が痛くなったときは主治医のところに駆け付けるほどではなかったので、近所の整形外科に飛び込んで、『実は乳がんを患っており……』と訴えました。最初はレントゲン撮影などの検査をしてくれたけど、次からは、『はい、湿布薬』と渡されるだけ(笑)。年が年だから体のあちこちが痛くなるたびに、再発・転移かと怯えています。だから、ちょっとしたことを相談できるかかりつけ医がほしかった。東洋医学は体と心を含めた全身の状態を診て、不調を改善していく。『頭が痛い』『風邪気味だ』『眠れない』などと、不調と感じるすべてを伝えることができるので、漢方医が私にとってかかりつけ医以上の存在になっています」

漢方医といっても、西洋医学も修めている。

「1人の医師に、あらゆる不調をまとめて聴いてもらえるのは、心強いです。もしかしたら、転移の徴候を見つけて『精密検査を受けなさい』とアドバイスしてくれるかもしれないし、『膝が痛い? これなら関節痛ね、ハハハ』と笑い飛ばしてくれたら、それでいい。心の安寧をいただいています」

がんを得て健康体に。「目指せ、1がん息災」

今、秦野��んは「目指せ、1がん息災」を心がけている。

「がんになったからには、がんには負けたくありません。ほぼ毎日たしなんでいたアルコールも、週2回程度にとどめ、定期的に運動するようになった。がんにならなければ生活態度は改められなかったでしょう。つい最近受けた人間ドックの結果は、美しい数値がずらりと並びます。その限りでは健康体です。(笑)。一方で、1人で暮らしていると、『このまま死ぬのかな』とすごく落ち込むことがある。まるで地面に引きずり込まれそうな感覚で、このままでは鬱になってしまうからいかん、と奮起する。楽しいことを考えたり意図的に行動したり。抗がん剤による脱毛が均等には抜けず、落武者のようになり、美容院で短くカットしてもらったとき、なぜか『記念に』と思い立って、デパートの写真室まで足を延ばし、エイリアンと闘うスキンヘッドのシガニー・ウィーバー風にと注文して撮ってもらったんですよ(笑)。こんな時に記念写真を撮っちゃうのも、明るく前向きになる手段の1つです」

がんとともに生きる人の思いを代弁をしたい

アフガニスタンのカブールにて
。向こうにソ連が残していった戦車が見える

アフガニスタンのカブールにて。ローマ支局時代に9.11米同時多発テロが起こり、米英などがアフガンのタリバン政権を攻撃したことから取材のためカブール入りした。向こうにソ連が残していった戦車が見える。「記者は他人のことや物事について事実を書くのが仕事。ブログは自分の感情や生活を書く。がん患者として、どこまで率直に正直になれるのかポイントですね」

「元気すぎてがん患者に見えないことが難点」という秦野さん。会社では、朝刊担当の時は未明に帰宅し、夕刊の時は早朝に出社するといった不規則を絵に描いたような編集局の仕事からはすでに離れているが、ストレスフルな仕事であることには変わりはない。再発・転移にならないような生活リズムや精神状態を保ちつつ、仕事とどう向き合うかが課題だという。

「がんについて毎日のように報道されて情報があふれているけれど、当事者になるまで、知っているようでよくは知らなかったことが分かりました。それは周囲の人々も同じ。『あなたはがんなのだから』と腫れものに触るように扱われるのも嫌だけど、元気に見えるから全快したと思われるのも困る。再発・転移を1番恐れていて注意深く暮らしていることも理解してほしい。免疫力が下がってしまうから、ストレスが怖い。過度なストレスがかからないように、仕事においても本当のところ、極力無理はしたくない。わがままだとは思っていますが……」

ブログを開始して1年あまり。乳がんによって得た経験、生じた疑問、揺れる心を、その時々に率直に綴っている姿に、多くの読者が共感を寄せている。

「私は、ブログでがんについて書く機会に恵まれました。このブログでは、がん患者さんをはじめ、言いたくても言えないようなことを代弁する場として、またがんにまつわるシステムなどについても取材して、役立つ情報を提供できればと思っています」

乳がんを得て、記者としての新たな目標に向かって歩いていく秦野さんだ。


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