大腸がんを機に、自らの使命に目覚めた美容師の、飽くなき模索 美容と心の両面から患者さんを支える活動を広げたい!
医療用ウィッグ専門美容室をオープン

豊さんがこの活動を始めたのは、26歳のとき乳がんで亡くなった、大原まゆさんのブログがきっかけだったという。
「そのブログに、こう書いてあったんです。『髪が抜けるから、抗がん剤は打たないと決めた』と。美容室でウィッグが似合うようにカットできたら、大原さんは抗がん剤治療をして、もっと元気になっていたかもしれない──そう思って、ガツーンときたんですよ。これは、30年間美容師をしてきた僕に何かやれってことかな、と思ったんです」
患者さんのためにウィッグをカットできる美容師を、1人でも多く育てたい──そんな思いから、翌10年8月には、医療美容の認定協会である『社団法人RAMBS(ランブス)』を設立。メディカルメイク(ケガや事故の治療後のメイク)から、脱毛後のウィッグのカットやフォロー、高齢者や障害者への介護、心のリハビリに至るまで、医療美容・セラピー分野のライセンスを授与し、人材育成を図ることを目的としている。
さらに、その年の11月には、医療用ウィッグ専門ヘアサロン『リップス』をオープン。地域情報誌や患者会ブログなどで紹介したところ、「こんな店を待っていた」という患者の声が続々と寄せられた。
「手持ちのウィッグを持ってきていただいて、本人に似合うようにカットする。それがリップスの活動のメインです」
そう語る豊さん。海外のメーカーと協力し、格安でウィッグの販売も行っているという。
「来店されたときは、ウィッグの上から帽子を目深にかぶり、顔を隠すようにしていた方が、帰るときには帽子を脱いで、『似合ってるわあ』と大喜びで帰っていかれる。そんなときは、本当にうれしいですね」
「想像以上の仕上がりで満足です」
取材で店を訪れた日、たまたま30代前半のAさんが来店していた。Aさんは乳がんの手術を終えたばかり。インターネットでリップスの存在を知り、抗がん剤治療に備えてウィッグを作りにきたという。
「今日は来店3回目。ウィッグを決めてカットしてもらったんですが、想像以上の仕上がりで満足です。医療用ウィッグ専門サロンというのも助かりますね。髪が抜けてまだらになった状態で、普通の美容室に行くのは、精神的にも苦痛ですから」
そう、うれしそうに語るAさん。病院でも医療用ウィッグの説明を受けたが、「おばさんっぽくて、すごく違和感があった」という。
「ウィッグの販売員は年配の方が多いせいでしょうか。それでいて値段も高くて……。『似合ってますよ』と言われても、正直テンションは下がりましたね」
今春には子どもの入学式��控えている、というAさん。「これなら、違和感なく入学式にも出席できます」と、表情をほころばせた。
メディカルメイクのスタッフとの運命的な出会い

美容面から患者を支える試みは、医療用ウィッグの提供や調整に止まらない。豊さんは美容室に加えて、メイクやエステを行う『リップス メディカルビューティ』も開店。患者の美容の悩みに応えるメディカルメイクにも力を注いでいる。
「抗がん剤では眉毛も抜けるので眉を描いておられるんですが、メイクの心得がないと、眉がただの『線』になっていたりする。これはウィッグだけでなく、メイクとセットで提供しないといけないな、と思ったんです」
実は、メディカルメイクを始めるにあたっては、不思議な巡り合わせがあったという。
豊さんががんを告知されて、呆然としていたときのことだ。現在『リップスメディカルビューティ』のチーフを務める岡田恵美さんが、サロンのスタッフ募集に応募してきた。
「いつもは僕が必ず面接をするんですが、落ち込んでいたので、彼女のときだけは面接しなかったんです。ところが、入社後に彼女と話すと、『メディカルメイクがやりたい』という。ああ、それで出会うことになっとったんか、すごいなあ、と思いました。もし僕が面接していたら、『なんでこんなときに』と思ったかもしれない。これは必然的な出会いやったんやろなあ──そう思って感謝しています」
同サロンでは、患者の悩みに応じたメイクのアドバイスを行っている。たとえば、眉が脱毛したとき、眉尻をどう決めればいいのか、どのメーカーのどんな商品を使って眉を描けばいいのか──サロンでは患者が日常的に応用できるよう、できるだけ具体的に助言していく。見違えるように美しくなった患者が、感動で頬を紅潮させるのを見るたびに、使命感がふつふつと掻き立てられる、と豊さんは語る。
1人ひとりのメンタル面に気を配る仕事
とはいえ、医療用ウィッグやメディカルメイクの仕事は、口で言うほど簡単ではない。患者は誰にも言えない悩みを抱えて来店し、鏡の前で泣きだすことも珍しくない。そんな患者と向き合うには、1人ひとりのメンタル面に気を配りつつ、ヘアデザインのクオリティ自体も上げていくことが必要だ。その意味では、非常に難易度の高い仕事、と豊さんは語る。
現在、ランブスに登録する美容師の数は約100名。今も多くの美容師が、月1回の講習会に参加し、医療美容の資格取得に向けて研鑽を積んでいる。
認定資格は3段階に分かれ、「レベル1」では、医療用ウィッグの基本的知識やカット、取り扱いなどの技術を習得。「レベル2」では、がんの予防法や患者と向き合う際の心構えなど、がんという病気により踏み込んだ対応を学ぶ。さらに「レベル3」を修了すれば、講師として後進の指導に当たることができる。現在、「レベル2」までの修了者は約100人、「レベル3」は約20人。神戸市内の美容師が中心だが、ゆくゆくは全国規模での拡大を目指しているという。
美容師は、看護師に負けないホスピタリティを持っている
豊さんは現在、こんいろリボンの会を拠点として、もう1歩踏み込んだ患者支援活動を考えているという。その1つが、美容師による、がん早期発見の啓発活動だ。
「美容師は、見た目を美しくするだけでなくメンタル面も和らげる仕事。がん病棟の看護師さんに負けないホスピタリティを、僕ら美容師も持っていると思います。美容師がお客さんとのコミュニケーションを大事にしながら、健康に関する啓発活動をすれば、日本の医療にも大きく貢献できる。そんな思いがどんどん積み重なって、日々、進化を続けているという感じです」
美容師という天職を活かして、がん患者支援の道を模索し続ける、豊秀之さん。その思いが、近い将来、神戸から全国に広がることを期待したい。
こんいろリボンの会事務局
神戸市垂水区海岸通7-12 TEL:0120-97-6607
(構成/吉田燿子)
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