大腸がんを機に、自らの使命に目覚めた美容師の、飽くなき模索 美容と心の両面から患者さんを支える活動を広げたい!

取材:がんサポート編集部
発行:2011年6月
更新:2013年8月

医療用ウィッグ専門美容室をオープン

写真:被災者の方々の髪をカットした

東日本大震災の被災地に赴き、南三陸町の志津川小学校の校舎横でスタッフたちと被災者の方々の髪をカットした

豊さんがこの活動を始めたのは、26歳のとき乳がんで亡くなった、大原まゆさんのブログがきっかけだったという。

「そのブログに、こう書いてあったんです。『髪が抜けるから、抗がん剤は打たないと決めた』と。美容室でウィッグが似合うようにカットできたら、大原さんは抗がん剤治療をして、もっと元気になっていたかもしれない──そう思って、ガツーンときたんですよ。これは、30年間美容師をしてきた僕に何かやれってことかな、と思ったんです」

患者さんのためにウィッグをカットできる美容師を、1人でも多く育てたい──そんな思いから、翌10年8月には、医療美容の認定協会である『社団法人RAMBS(ランブス)』を設立。メディカルメイク(ケガや事故の治療後のメイク)から、脱毛後のウィッグのカットやフォロー、高齢者や障害者への介護、心のリハビリに至るまで、医療美容・セラピー分野のライセンスを授与し、人材育成を図ることを目的としている。

さらに、その年の11月には、医療用ウィッグ専門ヘアサロン『リップス』をオープン。地域情報誌や患者会ブログなどで紹介したところ、「こんな店を待っていた」という患者の声が続々と寄せられた。

「手持ちのウィッグを持ってきていただいて、本人に似合うようにカットする。それがリップスの活動のメインです」

そう語る豊さん。海外のメーカーと協力し、格安でウィッグの販売も行っているという。

「来店されたときは、ウィッグの上から帽子を目深にかぶり、顔を隠すようにしていた方が、帰るときには帽子を脱いで、『似合ってるわあ』と大喜びで帰っていかれる。そんなときは、本当にうれしいですね」

「想像以上の仕上がりで満足です」

取材で店を訪れた日、たまたま30代前半のAさんが来店していた。Aさんは乳がんの手術を終えたばかり。インターネットでリップスの存在を知り、抗がん剤治療に備えてウィッグを作りにきたという。

「今日は来店3回目。ウィッグを決めてカットしてもらったんですが、想像以上の仕上がりで満足です。医療用ウィッグ専門サロンというのも助かりますね。髪が抜けてまだらになった状態で、普通の美容室に行くのは、精神的にも苦痛ですから」

そう、うれしそうに語るAさん。病院でも医療用ウィッグの説明を受けたが、「おばさんっぽくて、すごく違和感があった」という。

「ウィッグの販売員は年配の方が多いせいでしょうか。それでいて値段も高くて……。『似合ってますよ』と言われても、正直テンションは下がりましたね」

今春には子どもの入学式��控えている、というAさん。「これなら、違和感なく入学式にも出席できます」と、表情をほころばせた。

メディカルメイクのスタッフとの運命的な出会い

写真:豊さんを支えるスタッフ

豊さんを支えるスタッフの酒井宏彰さん(左)と、メディカルメイクを手がけるスタッフの岡田恵美さん(右)

美容面から患者を支える試みは、医療用ウィッグの提供や調整に止まらない。豊さんは美容室に加えて、メイクやエステを行う『リップス メディカルビューティ』も開店。患者の美容の悩みに応えるメディカルメイクにも力を注いでいる。

「抗がん剤では眉毛も抜けるので眉を描いておられるんですが、メイクの心得がないと、眉がただの『線』になっていたりする。これはウィッグだけでなく、メイクとセットで提供しないといけないな、と思ったんです」

実は、メディカルメイクを始めるにあたっては、不思議な巡り合わせがあったという。

豊さんががんを告知されて、呆然としていたときのことだ。現在『リップスメディカルビューティ』のチーフを務める岡田恵美さんが、サロンのスタッフ募集に応募してきた。

「いつもは僕が必ず面接をするんですが、落ち込んでいたので、彼女のときだけは面接しなかったんです。ところが、入社後に彼女と話すと、『メディカルメイクがやりたい』という。ああ、それで出会うことになっとったんか、すごいなあ、と思いました。もし僕が面接していたら、『なんでこんなときに』と思ったかもしれない。これは必然的な出会いやったんやろなあ──そう思って感謝しています」

同サロンでは、患者の悩みに応じたメイクのアドバイスを行っている。たとえば、眉が脱毛したとき、眉尻をどう決めればいいのか、どのメーカーのどんな商品を使って眉を描けばいいのか──サロンでは患者が日常的に応用できるよう、できるだけ具体的に助言していく。見違えるように美しくなった患者が、感動で頬を紅潮させるのを見るたびに、使命感がふつふつと掻き立てられる、と豊さんは語る。

1人ひとりのメンタル面に気を配る仕事

とはいえ、医療用ウィッグやメディカルメイクの仕事は、口で言うほど簡単ではない。患者は誰にも言えない悩みを抱えて来店し、鏡の前で泣きだすことも珍しくない。そんな患者と向き合うには、1人ひとりのメンタル面に気を配りつつ、ヘアデザインのクオリティ自体も上げていくことが必要だ。その意味では、非常に難易度の高い仕事、と豊さんは語る。

現在、ランブスに登録する美容師の数は約100名。今も多くの美容師が、月1回の講習会に参加し、医療美容の資格取得に向けて研鑽を積んでいる。

認定資格は3段階に分かれ、「レベル1」では、医療用ウィッグの基本的知識やカット、取り扱いなどの技術を習得。「レベル2」では、がんの予防法や患者と向き合う際の心構えなど、がんという病気により踏み込んだ対応を学ぶ。さらに「レベル3」を修了すれば、講師として後進の指導に当たることができる。現在、「レベル2」までの修了者は約100人、「レベル3」は約20人。神戸市内の美容師が中心だが、ゆくゆくは全国規模での拡大を目指しているという。

美容師は、看護師に負けないホスピタリティを持っている

豊さんは現在、こんいろリボンの会を拠点として、もう1歩踏み込んだ患者支援活動を考えているという。その1つが、美容師による、がん早期発見の啓発活動だ。

「美容師は、見た目を美しくするだけでなくメンタル面も和らげる仕事。がん病棟の看護師さんに負けないホスピタリティを、僕ら美容師も持っていると思います。美容師がお客さんとのコミュニケーションを大事にしながら、健康に関する啓発活動をすれば、日本の医療にも大きく貢献できる。そんな思いがどんどん積み重なって、日々、進化を続けているという感じです」

美容師という天職を活かして、がん患者支援の道を模索し続ける、豊秀之さん。その思いが、近い将来、神戸から全国に広がることを期待したい。

こんいろリボンの会事務局
神戸市垂水区海岸通7-12 TEL:0120-97-6607

(構成/吉田燿子)


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