医師から酒と命とどちらが大切か問われ、酒をやめる決心 年に1度の定期健康診断で食道がん
食道が細くなって食べ物を飲み込むことが困難に
しかし、術後はどうだったのだろうか。
「退院直後は流動食でしたが、少しずつ少しずつ固形物を食べるようにしていき、1カ月後には固形物を普通に摂るようにしていきました」
しかし、がんに侵されていた食道の内壁を削り取った結果、術前には内径20㎜ぐらいあった食道が、術後には6㎜ぐらいまで細くなっていた。
だから、食べた物が通りにくく、消化のよさそうな食品を小さく切ってゆっくりゆっくり、よく噛んで食べることに努めなければならなかった。
「それでも最初の頃は、2日に1度ぐらいの頻度で食べたものが詰まることがあり、息苦しさや吐き気、胸のつかえ感など、いままでに経験したことがない苦しみがありました」
そのため湯野さんは食道の機能を回復する食道拡張手術を受けることになった。
それは、まずステロイド系の薬を食道の内壁に40カ所ぐらい注入し、内部を柔らかくした後、バルーンで食道を拡張する手術で、全身麻酔で行う。
手術は1時間ほどで、麻酔が覚めると医師の問診があって、帰宅することができるので入院する必要はない。退院直後は2週間に1度、その後は月1回のペースで現在も続けている。
食道拡張手術で食道に穴が
ところが、湯野さんは食道拡張手術を受けた過程で思ってもみない医療ミスに遭ってしまった。
それは術後、3カ月後の4回目の拡張手術中での出来事だった。
「食道の拡張手術中に食道に穴が開いてしまい、緊急入院することになりました。麻酔が覚めると身体中に点滴のチューブやコードが巻かれていて、絶対安静が言い渡されました。食道に穴が開いたことで、食事は勿論、水も唾も飲み込むことは厳禁で、絶対安静の状態を3週間も続けることになりました」
湯野さんはどうしてこんなことになったのか、どの医師が手術を行ったのか、主治医に訊ねたのだが、言葉を濁すばかりでハッキリとした回答を得られなかった。薄々、その医師が誰であるかわかってはいたのだが、敢えて追及することはしなかった。もちろん病院側が医療ミスを認めることはなく、この間の医療費は請求された。ただ、先方も申し訳ないという気持ちも幾分あったのだろう。湯野さんに対して入院中こんな優遇がなされたという。
「この事故があった日の夜中に目が覚めると、隣のベッドから『誰かおらんか、おしっこ出ちゃうよ』という叫び声が、また別のベッドでは訳の分からない叫び声が聞こえてきて、とてもじゃないが寝ていられないので個室をお願いすると、その日の夕方には個室に移ることができ、この差額ベッド代は請求されませんでした。また、このコロナ禍で入院患者に対する面会は一切禁止だったのですが、特別な面会許可証を発行してくれ、妻は毎日、病室に新聞などを届けてくれることができました」
造影剤を飲み、食道からの漏れがないことをX線やCTで確認し、3週間後、やっとのことで退院することができた。入院前は48㎏あった体重は41㎏まで落ちていた。
湯野さんは都合2度の入院生活を送ったことになる。とくに2度目の入院は思わぬ事故のため3週間にも及び足腰がすっかり弱り、とくに足の筋肉は自分でも情けないほど細く、弱くなっていた。
そのため現在、スポーツクラブで筋肉トレーニングや水泳を週3~4回行い、さらに1日1万歩散歩するなど、できるだけ身体を動かすようにしている。
食道がんは長年の飲酒が原因

現在も食道拡張手術は4週間おきに続けている。湯野さんが食道に穴が開いた原因を強く問い質したこともあってか、この事故以来、主治医は若い医師に任せることなく、このような事故は起こっていないという。
しかし、食道に穴が開くなどの危険と背中合わせの食道拡張手術を、いつまで続けなければいけないのだろうか。
「主治医からは、『いつでも止めてもらって構いません』とは言われてはいるのですが、私はまだスムーズに食べ物が喉を通らないので、もう少し続けてほしいと頼んでいます。幸いにもこの1カ月は食事が喉に詰まることはなくなりましたので、もう少しでしょうか」
湯野さんは食道がんになった原因について主治医からこのような説明を受けた。
「食道がんの原因についてはいくつかの要因がありますが、湯野さんの場合は飲酒が原因で、これは100%断言できます。酒を飲む人がすべてがんになるわけではありませんが、湯野さんの場合はアルコールを消化・分解する力が弱い体質のようです。アルコールがアセトアルデヒドに分解されるのですが、分解する力が弱いため長年に渡り体内に蓄積され、それが食道にがんを発生させてきたのだと思います」
そして退院時にはこう話してくれた。
「これからの食生活についての禁止事項はありません。食道がんについてはよく理解されていると思いますから、私からお酒を飲むなとは言いません。ご自分の人生ですからご自身で決めることです」
この話を聞いたとき、湯野さんは「正直、参ったな」と思うと同時に、大事なことに気づかされたという。
「病気を治すのは患者自身であって、医師は患者が病気を治すお手伝いをするという考え方ですね。患者自身に病気を治そうという強い意志がなければ、病気は治らないということです」
がんのおかげでアル中になるのを回避できた

湯野さんは55歳でマンション管理士の国家資格を取得し、現在その資格を活かした仕事をしている。
マンション管理士は管理組合の運営や管理規約の改正、大規模修繕工事などマンション運営に関する諸問題に対して管理組合や区分所有者の立場に立った助言を与えるなどの仕事だ。マンション管理士の資格を取得していたことで、現在も社会との接点をもつことができ、またそれが生きる励みにもなっているという。
そして取材の最後に湯野さんは笑ってこう話してくれた。
「私にとってがん体験は初めてのことで、精神的にもかなり落ち込んだりもしましたし、いろいろと考えさせられることが多くありました。がんになってというか、がんのおかげでというべきか、アル中になることを回避できたのではないかと思うようになりました。毎晩、毎晩50年間酒を飲み続けていて今後もこのペースで飲み続けていたら、アル中になるのは時間の問題だったかもしれません。食道がんのおかげでアル中になるのを回避できたと思っています」
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