ヨガ指導家&セラピストが乳がんになって―― がん再発の恐怖・不安がヨガによって救われた
身体のバランスが崩れヨガの仕事に支障が……

センター受付前で栗木さん(左)と森川さん(右)

日光へのヨガ瞑想旅行で
(下段中央が栗木さん、上段右から2人目が森川さん)
結核が癒えたあと、栗木さんは本誌で「ゆるるんヨガdeほっ!」を連載している森川那智子さんの門を叩いてヨガを修得し、ヨガに基づいたカウンセリングやセラピーを行うようになっていた。そういう仕事に従事している自分が、体の異変に気づかず、左乳房全摘手術を受ける事態になったことに、栗木さんは内心忸怩たるものを感じていたのである。
手術後1カ月ほど自宅で療養したあと、栗木さんは抗がん剤治療に通いながら、クリニカセンターに復帰した。全摘した左胸には特別なパットを入れて、従来どおり仕事をしようと、一生懸命努力した。しかし、右胸と左胸の重さが以前とは微妙に違い、バランスが崩れるのを如何ともしがたかった。自宅に戻ってパットをはずすと、またバランスが微妙に崩れる。
「自分が趣味でヨガをやっているだけなら、バランスが多少崩れても構いませんが、仕事としてやっている以上、身体のゆがみはどうしても気になります。人前に出られない。でも、やらなければならない。2~3年がんばりましたが、とてもつらくなり、これでは仕事を続けていくのは無理だと思いました」
栗木さんは森川さんに、仕事を辞めたいと打ち明けた。森川さんはあまり細かいことは口にせず、「大丈夫よ。気を楽に持って続けてみたら?」とアドバイスした。「森川先生は、がん患者としての私に同情するということではなく、やさしく見守ってくださっているという感じでした。それに救われましたね」と栗木さんは言う。
術後の抗がん剤治療は、隔週1回3カ月で1クールの治療を2クール行った。また、年2回の定期検診では骨シンチも受けた。さらに、栗木さんのがんは「典型的な女性ホルモンのいたずら」と言われて、ホルモン療法を5年間続けた。毎日1錠、ノルバデックスというクスリを飲んだ。
山は越えたけれども定期検診は恐い
副作用として、ホットフラッシュの症状が出た。栗木さん自身は、副作用なのか、更年期症状なのか、よくわからなかったが、真冬でも頭から汗をかくような状態であった。患者さんの仲間のなかには、抗がん剤治療で吐き気を催す人が少なくなかったが、幸い吐き気はなく、脱毛も起きなかった。
ただ、頻繁に膀胱炎の症状が起きた。副作用とは関係ないと自己診断し、市販のクスリを買っ���抑えていた。あるとき、定期検診の際に、担当医に膀胱炎のことを打ち明けると、「副作用です。もっと早く言ってくれたら良かったのに……」と言われ、素人の患者が勝手に自己診断するのは間違いだったと反省した。
抗がん剤治療やホルモン療法の副作用でつらい思いをしながらも、仕事を続けているうちに、栗木さんは「完璧なポーズがとれなくても、説明してあげることはできる」ということを悟った。左乳房を全摘し、左腕にしびれが残る、がん患者である自分が人前でヨガを教える違和感は、自然に薄らいできた。
しかし、4年前に、5年生存率70パーセントのラインをクリアした現在も、がん再発に対する不安・恐怖は消えていない、と栗木さんは複雑な心境を吐露する。
「手術から5年過ぎてひと安心、という気持ちはありませんでした。いまだに左腕にしびれがあって、天気が悪くなってくると、気圧の関係でしょうか、チリチリと痛むんです。私と病室が同じだった患者さんで、1年足らずのうちに骨や肝臓に転移して、亡くなっていった人を身近に見ていますし……」
昨年まで年2回だった定期検診も、今年から年1回になり、クスリの服用も終わっている。「山を越えた」という気持ちがある一方、「がん細胞がどこかに移っていないか」という不安が常にある。だから、最新設備が整っている癌研有明病院に年1回の検診を受けに行くのが、正直恐い。
骨シンチの検査を受けるときには、自分自身、食い入るように画面をチェックする。不安は募る。つい検査医に「どこかに転移していますか?」と聞いてしまう自分がいる。検査医は「ドクターに聞いてください」と答えるだけだ。1週間後、ドクターに診断結果を聞くまで、微妙な不安感にさいなまれる。
しかし、栗木さんは不安や恐怖を和らげるために、がん患者の会や集まりに出席することはしていない。情報は専門家であるドクターに聞くことにしている。というのも、患者同士の集まりになると、どうしても「私はこうだ」「私はああだ」という病状の競い合いとでも言うべき状況になりがちだからだ。
栗木さんは、病状の競い合いより、不安や恐怖との付き合い方を共有したいと考えている。それはやはり、栗木さんがヨガに基づいたカウンセリング・心身セラピーを仕事にしているからであろう。
がんを体験してヨガの良さを再認識
栗木さんはがん患者になって、改めてヨガの素晴らしさを実感したという。
「がん患者の人が、がんと付き合うとか、がんと向き合うとか、かっこいいことをよく言われますが、私は正直のところ、がんとは正面から向き合えません。がんに対する不安・恐怖は、最初の段階と同じレベルです。しかし、ヨガを通して自分の身体と向き合うことはできます。この10年で、そのことを再認識しました」
ヨガを実践し、身体にも食事にも気をつけて、心身ともに節制していたはずの自分ががんになったことは、栗木さんにとって大きなショックであった。しかし、左乳房全摘手術を体験し、がん患者として10年近く生きてきて、改めてヨガの良さがわかったというのである。
「たとえば、日常生活の姿勢のクセによる肩こりや腰痛は、ヨガをやれば取り除くことができます。しかし、がんなどの病気の前兆として現れている肩こりや腰痛は、ヨガをやっても取れません。つまり、ヨガで取れないこりや痛みは病気の前兆です。ヨガは病気を気づかせてくれ、体調を測るには最高の手段です」
がん患者になってから、栗木さんはヨガをやることによって、自分の身体と向き合い、自分自身の体調を測り、体調の良さを確認しながら、がんの恐怖・不安を和らげている。そして、「ヨガによって救われた」という気持ちを持っており、がんの不安・恐怖を共有する人たちに、その気持ちを伝えたいとも思っている。
ヨガを続けていたから今の自分がある

「ハトのポーズ」をとる栗木さん

見事な「踊るシバ神のポーズ」を決めた栗木さん
左乳房全摘手術によって、身体にゆがみが生じ、人前でヨガをやることができないと苦悶したとき、そのままヨガをやめてしまっていたら、と考えると、今の自分は本当に幸せだと、栗木さんはしみじみ思う。
「森川先生に励まされ、見守られて、ヨガを続けてこられたからこそ、今の自分があると思います。続けていなかったら、今ごろ、私はもっとおばあさんになって、家にこもって、いじけた生活を送っていたかも知れません」
「がんになったのは運が悪かったけれど、貴重な体験をすることができました」と思えるようになった栗木さんだが、周辺でがんになった人たちの話を聞くにつけ、いい病院、いいドクターに出会うことの難しさを痛感している。
「きちんとインフォームド・コンセントを受ける」とか、「セカンドオピニオンを求める」とか言われているが、それを一般の患者が実践することは、なかなか容易ではない。また、病院側の実情を知るにつれて、患者が多ければ多いほど、病院側もドクターたちも大変であることもわかった。
栗木さんは今、自分がいい病院にたどり着くことができ、いいドクターに巡り会えることができたことの幸せを、心から味わいながら、ヨガに基づいたカウンセリング・心身セラピーに努めている。
取材のなかで、クリニカセンター内の2面に鏡が張られた広い部屋で、栗木さんがヨガのポーズをいくつか見せてくれた。床に両足を180度開脚して横向きにとる「ハトのポーズ」も、片脚立ちでバランスをとる「踊るシバ神のポーズ」も、「逆立ちのポーズ」も、とても左乳房の全摘手術を受けたがん患者とは思えない、見事なポーズであった。
言葉がはっきりとして明るく、一挙手一投足が見事にバランスがとれている栗木さん。颯爽とした女性であった――。
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