それでも私が紙芝居をやる理由 下咽頭がん4期治療中に前立腺と膀胱にがん、そして再発

取材・文●髙橋良典
撮影●「がんサポート」編集部
写真提供●森下昌毅
発行:2022年6月
更新:2022年6月


膀胱と前立腺の両方にがんが

膀胱と前立腺にがんが見つかるが、開き直りに似た気持ちに

そんな副作用に悩まされている森下さんを更に鞭打つような事態が入院中に起こった。

血尿が2回出た。「抗がん薬の副作用かな」と思って主治医に報告すると、「しばらく様子を見ましょう」と言われ様子を見ていたのだが、再び血尿が出た。

そこで泌尿器科で尿道からファイバースコープを入れ検査するも、とくに問題は見つからなかった。念のため生検すると、膀胱と前立腺の両方にがんが見つかったのだ。

「なんで自分は次々とがんに罹るのだろうか、そう思って落ち込んだこともありましたが、『こうなれれば全部、がんを切除してもらおう』と、開き直りに似た気持ちになりました」

下咽頭がんの治療が終了し、一旦、退院した森下さんは改めて入院し、2017年5月23日に膀胱と前立腺の全摘手術を行った。

「ですから、いまは障碍者としてストーマ(人工膀胱)生活になりました。やっぱり最初は取り扱いには慣れませんでしたが、生活していくためには不可欠のことなので徐々に慣れていきました」

会社の同僚の間では、「多分、森下は3カ月もたないだろう」と噂しあっていたという。

「例え持ったとしても通常の声は出ないだろうし、障碍者にもなっているので、もう紙芝居はやれないと思っていたようです」

退院直後は、確かに声は出るには出るのだが、声が掠れていた。

「普通の会話はいいのですが、『黄金バット』の高笑いのような大きな声を張り上げるのが困難でした。紙芝居は声帯が残っている以上、声が多少掠れても、ピンマイクがあれば出来るので、やっていこうと思いました」

森下さんが紙芝居にこだわったのには、ある思いがあったからだ。

「それは、父親が残したものを『昭和、平成、令和の子どもたちに伝えていきたい』という強い思いがあったからです」

父の残した紙芝居『黄金バット』

今度は下咽頭がんの再発

退院して1カ月経たないうちに復職し、「さあ、これから人生をもう一度」と意気込む森下さん。

しかし、退院して1年9カ月後の2018年10月の定期検診で下咽頭がんの再発を告げられた。下咽頭に前回と同じようなブツブツが出来ていて、細胞診でがんの再発が判明したのだった。

「化学放射線治療で、完治した��自分は思っていました。主治医からは最初の手術のときに『再発したら、喉頭部全摘を覚悟しておいてください』と言われていたので、『これで終わったな』と思いました」

しかし、主治医の川端さんからは2つの選択肢を提示された。

「1つは消化器系の先生にファイバースコープでがん細胞が取れるかどうか、診てもらう、もう1つは全摘手術。『どちらを選択しますか』と言われたので、『もちろんファイバースコープで取れるならそれでお願いします』と言いました」

そこで頭頸科から消化器内科を紹介され、ファイバースコープが咽頭まで届くかどうか調べることになった。

その結果、幸いなんことにファイバースコープは咽頭部まで届き、がんを取ることができた。

もしも咽頭まで届かなければ即、頭頸科のチームで全摘手術をするという2面体制が採られてもいた。それだけ判断が難しかったわけだ。

人は運に恵まれることが稀にある。それはその手術実施日についてもそうだった。

2018年10月にがんの再発が判明したのだが、半年先まで手術の予約が詰まっていた。

ところが、たまたま12月27日に手術予定の患者さんのキャンセルがあり、その日に手術が早まった。

術後、森下さんは本当に声が出るのか不安だった。麻酔から醒めて、恐る恐る「あ~、あ~」と声を出してみた。その声が耳に聞こえるではないか。「これは俺の声だ!」

森下さんは「おやじが守ってくれたんだ」と感情が込み上げてきて涙が止まらなくなってきた、という。

「おやじは紙芝居一本でやってきたのに、がんで声が出なくなってしまいました。自分が病気になって、もし声が出なくなったらと考えると、おやじの無念さはこの病気をしたことで、良くわかりました」

紙芝居に対する情熱が一層増して

現在、森下さんは頭頸科については3カ月に1度、消化器内科は半年に1回、泌尿器科には年に1度という3つの構えで定期検診を受けている。

下咽頭がんと診断されるまで、たばこは1日30本吸い、酒も飲んでいたという。

「たばこは下咽頭がんと告知されてピタッと止めた。がん患者ならわかると思いますが医者に言われる前に止めました。がんのことで頭が一杯でたばこを止める苦しさなんて何にも感じませんでした。酒は嫌いじゃないので今でも嗜んでいます」

インタビューの最後にがんに罹ったことで人生観が変わったことがあるのか、訊いてみた。

「サラリーマン時代は『おれがおれが』でやってきましたが、そういうものがなくなりました。これまでは入院はもちろんのこと、病気らしい病気はほとんどしたことはありませんでした。がんに罹ったことで、がんの患者さんばかりでなく、病気で苦しんでいる方がたくさんいらっしゃることに改めて気づかされました。

自分も入院中、ひとりでベッドに寝ていると無性に寂しくなるんです。それを乗り越えて生かされているいま、優しい気持ちが湧いてきて、誰か困っていると何とかしてあげたくなるんです。それがそれまでの自分と変わったことだと思いますね。

それと紙芝居に対する情熱はそれまでにも増して強くなりましたね。子供たちの喜ぶ笑顔やおじちゃん、おばあちゃんが懐かしむ表情を見ていると最高に嬉しくてしょうがありません」

荒川区のあらかわ遊園で

現在、森下さんは、荒川区のあらかわ遊園で月1度、第3土曜日の13:00からボランティアで紙芝居上演を行っている。また千代田区九段の昭和館でも奇数月の第4土曜日の13:00、14:00、15:00の計3回上演している。

今日も森下さん演じる『黄金バット』は、子供たちの夢を乗せ、高笑いを響かせて天空高く飛んでいく。

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