食事でがん克服それは料理人の意地を賭けたミッションだった|米山 昭さん(料理人)
自分の体を実験台にして術後の食養法を探求
退院後、米山さんは自宅で食養生と散歩によるリハビリを続けた。抗がん剤ではなく、食事でがんを克服する――それは、料理人としての意地を賭けたミッションでもあった。持ち前の探究心をフルに発揮し、米山さんは、術後の体に合う食事を模索していく。
「調理のポイントは、化学調味料を使わず、生きている食材をなるべく使い、油を使わない調理をすること。煮物などがベストですが、手の込んだものばかり作っていると疲れてしまうので、なるべく調理を簡素化するのがお勧めです」
油を使わない――それは、米山さんが自らの身体を通してたどりついた結論だ。
「油を使うと、食べ物が食道の途中で止まってしまい、ものすごい痛みが襲ってくる。僕の経験では、サンマやウナギは(脂が多いので)ダメですね。天ぷらを食べたいときは湯につけて油抜きし、トンカツは蒸らし焼きにする。トースターで焼くといいそうですよ。マヨネーズも油が多いので、卵黄を入れるなどの工夫をすると、少し楽に食べられるようになります」
では、闘病中の調理を簡素化する工夫とは。米山さんは、独身の男性でも無理なく試すことができる、とっておきのレシピを教えてくれた。
「僕が提案しているのは、おかゆに味味噌を添えて食べることです。味噌に3割のみりんを入れれば、どんな素人でも簡単に味味噌ができる。それに蕗や山椒、ゆずなど季節の野菜(山菜)を入れて香りをつけ、舐めたり、ご飯に乗せたりして食べるといいでしょう」
このほか、手軽ながら食欲をそそるという点では、「梅干し鰹」もお勧めだという。これは鰹節から煎りして、叩いた梅干と混ぜて醤油を垂らしたもの。冷まして使えば応用が利くので、ぜひ試してみたい1品だ。
「醤油も、生の醤油だと強すぎて傷口に響くので、1度火を入れて柔らかくしたほうがいい。水や酒を足してグラッと煮立ててから使います。鰹節で漉したり、柑橘類を入れたりすれば、天然のポン酢醤油になります」
このほか、手軽に活用できるパワーフードという点では、白玉も重宝する食材の1つだ。白玉に少量の小麦粉を入れると、白玉に芯ができるので餅の代用になるという。
食欲がないときは、葛湯に砂糖と生姜を少し入れて飲むのもいい。また、さまざまな食材を大量にとれるという点では、スープ類もお勧めだ。野菜を煮込んで食べるもよし、肉を入れてポトフにするもよし。
「どうしても調理が面倒なときは、キャベツをむしって、よく噛んで食べればいいのです」
切り干し大根や発酵食品もお勧めだが、豆腐は意外に食道に引っかかるので要注意。蒸して柔らかくし、のど越しを調節するのがコツだという。
ときには常夜鍋や刺身、あら汁などをメニューに採り入れ、新鮮な旬の食材も楽しみたい。
「季節のもの���体に合うようにできているので、活用していただきたいですね。寿司はよくないといわれますが、生ものは栄養価が高いので、小さい握りにして食べるといいでしょう」
食道がんとの闘いは、「食」との闘いでもある。自分が身を持って体得したノウハウとレシピを、少しでも多くの患者さんに伝えたい――米山さんの話からは、そんな使命感が感じられた。
●次に少量から食べ始めたい食品 青背魚、カキ(膨らんだ肝の部分)、刺身、エビ類、カニ類、焼き魚、納豆、高野豆腐、脂身の少ない肉、ひき肉、ドレッシング、海藻、キノコ類、羊羹などの甘味
●気を付けてとってほしい食品(術後半年~1年) 赤飯、餅、小さな握り寿司、かまぼこ、貝類、厚揚げ
●とらないほうがよい食品 乳製品(牛乳、バター、生クリーム)、サラダ油、オリーブ油、パイナップル、柿、ブドウ、ミカン、干し果物、ベーコン、牛肉、油揚げ、炭酸飲料、コーヒー、ニラ、タケノコ、ゼンマイ、コンニャク、辛いもの
(注)上記リストは米村さんの経験に基づいており、個人差があります
過去の仕事を集大成し古典料理を完成させたい
2007年10月、米山さんは8カ月ぶりに店を再開した。この日を待ちかねたように、常連客が店に集まり、米山さんが腕をふるった料理に舌鼓を打った。
「味が全然、変わってないね」
常連客の中から歓声が上がる。その様子を、米山さんは感無量の思いで見つめていた。
現在は半年に1回、定期検診に通っているという。がんの闘病経験を経て、人生との向き合い方も変わったという。
「がんの宣告を受けたことで、ものの見方の重心が低くなったような気がします。命を助けてもらった恩があるので、人とのつながりを人一倍感じるようになりました。これからは淡々と生きていきたい、という気持ちですね。新しいものを試すよりも、今までやってきたことをまとめていきたい。古典料理の世界を極め、完成させていきたいと考えています」
魚のあら汁の作り方
②5、6cmにぶつ切りし、表と裏に自然塩を均一に振って30分置く
③あらを水洗いし、ザルに上げて水を切り、そのまま置く
④厚手の深い鍋にあらと水をたっぷり入れ、昆布3cm片を5つ、日本酒を水の1~2割注ぐ
⑤鍋にサトイモ(もしくはジャガイモ)、ニンジン、カブ(もしくは大根)を加える。ゴボウやセロリ、玉ねぎを入れても可。野菜を入れたら弱火~中火で煮込み、アクをとる。セロリや生姜、潰した実山椒など、香り高いスパイスを入れてもよい
⑥塩で味付けして、椀に盛り付ける
※スープをさらに煮詰めてスープエキスを作り、布で濾したものを冷凍しておけば、いつでも使うことができる。これも、食道手術後にぜひ実践していただきたい食事対策法の1つだ
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