自分が作ったご当地ヒーロー映画「超辛グランマサラー」製作中 大腸がんに罹患して「やろうと思ったらとにかくやろう」
笑えるヒーロー「超辛グランマサラー」の誕生
2013年に千葉テレビ「鳳神ヤツルギ1・2」の出演が終了したことで、今度は地元・調布市を守るカレーとコラボした笑えるオリジナルヒーロー「超辛グランマサラー」を制作することを思い立った。
「それは1つには僕がカレーが大好きで、カレーがメインになるヒーローを誰一人考えていなかったからです。それと1995年の阪神・淡路大震災の後、新聞か雑誌の神戸復興の記事で、『笑いというものが人間にとってどんなに大切なことか。笑うことで免疫も強くなり、心や体の健康が保たれる』という記事を読んで、そういうものかと思いました。
何故、ヒーローたちの中に笑い担当のヒーローがいるのか。悪い奴をやっつけるカッコいいヒーローは赤色や青色で、『秘密戦隊ゴレンジャー』の中のキレンジャーもそうですが、黄色は傷ついた人間を癒す〝笑い担当〟なのです。そのとき、『黄色が傷ついた人たちを癒している』と何となく考えていたのと、僕のカレー好きが結びついて生まれたヒーローが『超辛グランマサラー』なのです。どうせ創作するならカッコいいヒーローじゃなくて、笑ってもらって人の心を癒すヒーローがいいだろうと思いました」
ヒーローの名前は、カレーに使われるスパイス「ガラムマサラ」をもじって「超辛グランマサラー」に決めた。必殺技はカレーのCMをもじった「秀機関撃(ひできかんげき)」、決めセリフは「俺のカレーは俺のもの。お前のカレーも俺のもの」と笑いを誘うものに決めた。
「姿は仏像をイメージして、知り合いの高校生にデザインを頼みました。当初、スーツの値段は1着50万円が相場と言われ、あまりに高くて困っていると、友人が15万円ほどでつくれる店を紹介してくれ、入ったばかりの出演料をつぎ込み、スーツの制作に漕ぎつけることができました」
オリジナルヒーローのスーツは2015年6月に完成。いざ活動を始めたいのだが、ヒーローは「超辛グランマサラー」ひとりだけ。そこで、他のローカルヒーローのショウに混ぜてもらうなどしながら市内のイベント活動や地元調布FMの番組メインMCを務めるなどして、「超辛グランマサラー」のキャラクターを徐々に浸透させていった。宮沢さんがS状結腸がんに罹患したのはそのヒーロー誕生5年目のことだった。
「やりたいと思っていたことを全部やる」

「がんになったことで、『いままでやりたいと思っていたことを全部やる』。入院中にそう思いました。それまでは、やろうと思っても何かと理由をつけてやらなかったことがたくさんありました。そう、15個くらいはあったでしょうか」
まずはその中の1つ「超辛グランマサラー」を主役にした映画を製作することを決め、2023年5月からクラウドファンディングで一般公開する映画作りの資金を集めることを決めた。目標金額は300万円。
「残念ながら集まった金額は140万くらいなので、残りは自分で出そうと思っています。これから撮影を開始するので、完成は年明けになる予定です。そして海外の映画祭に出品する予定にもしています」
インタビューの最後に宮沢さんはこう話してくれた。
「いままでは何かやろうとしても準備に時間をかけて、『できるという自信がついたらやろう』という考え方だったのですが、いまは、『やろうと思ったらとにかくやろう』という考え方に変わりました。それはがんになって、いつ死ぬかわからないと思ったからです。だから私ががんになったことは神様からのメッセージだと思っています。
体への気の使い方はものすごく変わりました。いまは、夜10時に食事をしたとしたら、16時間後の午後2時までは水分だけで食事は摂りません。その結果、体調はすごく良くなりました。とにかく、腸に負担がかからないように暮らしています」
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