芸人を諦めてもYouTube(ユーチューブ)を頑張っていけばいつか夢は見つかる 類上皮血管内肉腫と類上皮肉腫を併発

取材・文●髙橋良典
写真提供●宮野貴至
発行:2024年2月
更新:2024年2月


お笑い芸人を諦めYouTuber(ユーチューバー)に

宮野さんは、大学在学中からお笑い芸人を目指していたという。

そもそも入学した青山学院大学国際政治経済学部経済学科も、メチャクチャかっこいい名前の学部だったからという理由だった。

だから、いざ就職活動をする時期になっても、する気が全然起きなかった。

なら目標としていたお笑い芸人を目指そうと大学を休学し、養成所に入所。1年間通って翌年の4月に卒業し、養成所で出会った相方と「アルフォンス」という名の漫才コンビを組んだ。そして、さあこれから頑張ろうとしていた矢先のがんだったのだ。

「そのときの相方と話し合ったのですが、お互いに理想としている漫才の形があって、僕が腕がなかったらネタ中にどうしても、そこをイジらないといけなくなる。そうすると自分がやりたい漫才とは違うものになってしまうし、どうしたらいいかわからんな、と悩みを打ち明けました。その結果、じゃ解散するか、ということになりました。実際に障害があってもお笑い芸人をやっておられる方はたくさんいらっしゃいますし、芸人としてやっていけると思うのですが、僕が目指していた芸人の姿ではないと思ったのでやめることにしました」

お笑い芸人を辞めた後のことは全然決めてはなかったが、そのときパッと閃いたのがYouTuber(ユーチューバー)としての道だった。

「お笑い芸人は辞めても、エンターテインメントの世界で生きていきたいと思っていたので、左腕がない特性が生かせるのはYouTube(ユーチューブ)が最適やないかと思って始めてみようと思いました。それは5月にがんと診断され、6月に担当医から今後の治療方針の説明を受けるときの動画を撮影して、YouTube(ユーチューブ)に上げようと決めたまでの間のことです。それで生活することが出来るかどうかは、何も考えてはいませんでした。取り敢えず、これから何していくかだけでしたね」

「両親からは、地元の兵庫に帰ってきたらと言われたこともあったのですが、東京には友人も多かったし、彼らと離れることは精神的に持たないだろうと思って、東京に残ることにしました」

YouTube(ユーチューブ)チャンネル「片腕男子」の登録数は9.8万(2024年1月現在)、幾分かは収入になっているという。また障害2級なので、障害年金が出ていて、現在はなんとか生活はできているという。

お笑い芸人を辞めて、YouTuber(ユーチューバー)へ

再発さえしなければ大丈夫

宮野さんは現在転移がないか調べるため、3カ月に一度CT検査を行なっているが、再発についての不安はないのだろうか。

「転移���心配は、定期検診を始めたばかりの頃は多少ありました。でも1年半も経過したので〝まぁ大丈夫やろう〟といった感じです。主治医から言われた2年後の生存率50%というのはなんとなく意識はしているのですが、そもそも治療が難しくて内臓や、脳に転移したりすれば手術ができないから2年といっているので、僕は左腕を切断して再発もしていない現状なので、平均的なデータの患者とは治療方法も違うと思うので、再発さえしなければ大丈夫なんじゃないかと思っています」

「またある時期まで、怪我を放置したからがんになったと思って後悔していたのですが、遺伝子検査の結果、がんを抑制するATM遺伝子に異常があってがんができた可能性もあると言われました。類上皮肉腫の特徴として、しこりができたときから悪性のがんという特性があるみたいで、傷を放置したからなった訳ではなさそうなので、少しホッとしました」

義手を作製しないのかという質問には、「義手を作製するということは、僕を表す特徴の1つをわざわざ消すようなことなので、それはどうかな、と思うことと、もう1つは義手を付けるとすれ、右手と同じくらい動くクオリティが欲しいと思います。でも、たぶんいまの技術ではそこまでは出来ないと思うので、つくることはしません」

夢を追いかける旅はまだ始まったばかり

お笑い芸人を辞める決断をしたとき、友人からこんな言葉をかけられたという。

「僕的にはお笑い芸人を辞めるという決断をして、現在、YouTuber(ユーチューバー)をしているんですが、そのとき友人から言われたことは、『腕なくなるのもつらいけど、ほんまにやりたいことを諦めざるを得ないのが1番つらいよな』。その言葉はいまでも胸に刺さっています」

だからだろうか、将来の夢についてはこう語っている。

「夢は正直言ってなくて、お笑い芸人やってたときは、〝M1に出たい〟とかあったのですが、いまはそれがない。だから、お笑い芸人をやっていたときより燃えるものはないですね。

強いていえば、YouTuber(ユーチューバー)として成功したいということでしょうか。腕がなくなったから、こういった活動ができているという面もあるにはあるのですが……。次に挙がる動画が最高傑作になるように頑張っていけば〝いつか夢は見つかるかな〟と思っています」

そしてこうも語ってくれた。

「僕、彼女がいて、将来結婚したいと思っているので、普通にあせったりはしていますね。彼女とは病気になる前から交友関係はあったのですが、真剣に付き合い始めたのは病気になってからです。彼女は僕に対して、変に気を使ったりせず会話してくれます。たとえば、腕1本しかないから私が買って来てあげると気を遣うことなく、『コーヒー買って来て』と普通に言ってくれます。特別扱いせず、当たり前のように頼んでくることに僕は居心地の良さを感じます。『腕1本で2個どうやって持つの』と自分が応えたりできる、そんな関係性がいまの僕にとってものすごい救いですね」

宮野さんが持ち前のエンタメ精神を発揮して、いつか夢を見つける——。宮野さんの旅はまだ始まったばかりだ。

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