家族との時間を大切に今このときを生きている 脳腫瘍の中でも悪性度の高い神経膠腫に
キッチンカーを始めるきっかけ
貫井さんは、幼いころから料理を作ることが好きだった。
「普段はあまり食べられない洋食が好きでしたね。うちは農家なので日が長い夏の間は、両親もずっと畑にいるのでお腹がすいたら自分でご飯を作って食べたり、両親にも作ってあげたりしていました」
将来、自分の店を持つ夢を持っていた貫井さんは、調理師専門学校を卒業後、一流ホテルのイタリアンレストランに就職。
「ホテルのレストランは分業体制なので、しばらくして、前菜からデザートまで何でもできる神楽坂の個人レストランで5年ほど修行し、その後、横浜の店にも行きました。そこを辞めて、自分の店の開業に向けて物件を探しながら、実家近くの老人ホームの厨房で食事を作るアルバイトなどもしていました」
貫井さんのお姉さんは、彼の闘病には欠かせない頼もしい協力者で、「がん哲学外来」を勧めてくれたのもお姉さんだ。キッチンカーで営業を始めることになったのは、その「がん哲学外来」に通うなかで出会ったがん患者さんのひと言だった。
「がん種は違っても、みなさんどんな気持ちで生活しているのか知りたくて行きました。ちょうど抗がん薬を飲んでいるときで、どういう心持ちでいたらいいのか、仕事もどうしたらいいのかわからないときだったので、いろんな方とお話ができて本当によかったです。みなさんと話し合っている中で、『キッチンカーでやってみたら? がんで苦しんでいる人たちも喜ぶと思うよ』などとアドバイスを受けて、自分の心持ちが晴れたというか、それまで次にどうしようかとすごく悩んでいた時期だったので、大変参考になりました」
そこで、自分のがんを親にも打ち明けていない人が多いのにも驚いたという。
「『がん哲学外来』に来ているのは乳がんの方が多いのですが、一人暮らしや親と一緒に住んでいても自分ががんになったことを親にも打ち明けられないという方がすごく多いのです。そんな方がここに来て、『初めて自分の気持ちを他人に打ち明けることができました』という方もおられました。僕はがんを公表しているので、キッチンカーに来られるお客さんの中にはがんの方も結構おられますよ」
楽しいこと、やりたいことを先延ばしにしない
現在は2カ月に1度、定期検診に病院に通っている。検査に行く前は「大丈夫かな」と不安になったりすることもあるという。また、家族には自分の話している言葉が出にくくなったりしてきたら遠慮なく伝えてほしいとも言っている。
「妻は落ち着いた穏やかな性格で、たとえショックなことを言われたとしてもそんなに取り乱すことがありません。それは僕にとっても落ち着いて話をすることができるので、とても感謝しています」
続けて貫井さんはこう話した。
「がんになったことで、家族との時間が増えたことは本��によかったと思っています。今の夢は、このまま健康でいるということが第一です。来年、上の子が小学校に入学するので、子どもの成長をみていると楽しいものです。ですから、仕事をしつつ、楽しいことは先延ばしにしないようにしています。正直な気持ちを言えば、僕もどのくらい生きられるのかわからないので、楽しいことや、やりたいことを先延ばしにして後悔したくはありませんから」
主治医からは「再発したときにもいろんな治療法があるから」と、再発したときの治療についても力強いメッセージを受けている。
家族との時間を大切に、子どもの成長を楽しみに、そして貫井さんの料理を楽しみにしている人に、そして自分自身のために、今このときを生き抜いている。
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