ちょっと視点を変えるだけで考え方も生き方も変わってくる

取材・文●常蔭純一
発行:2013年2月
更新:2013年8月

強く影響を受けた父親の存在


治療の合間をぬっての講演活動

こうした三本杉さんの思いは、これまでの自身の人生経験を反映したものでもある。

がんが悪化するまで、三本杉さんは、教頭職にありながらも、産休中の教師などに代わり、毎日のように教壇に立っていた。その三本杉さんが、もっとも強く影響を受けたのが、同じく教職についていた父親の存在だ。父親は「学校でいちばん大切なのは子どもたち」と、繰り返し話した。そのこともあってか、三本杉さんは何よりも子どもたちとのつながりを大切にしていたという。

「中学生という年代は、その後の生き方を決定づける非常に重要な時期です。この時期に鬱屈していた生徒は、大人になっても本意ではない生き方を続けてしまうこともある。

私は何より、子どもたちの言葉に耳を傾けたいと考えた。子どもたちのなかでも最前列にいるやんちゃ坊主たちの言葉は、放っておいても耳に入ってくる。しかし、その陰の第2列、第3列にいる子どもたちは自分ではなかなか口を開かず、そのために鬱屈を抱えていることが少なくない。そんな子どもたちとも深く接したいと思ったのです」

そのために出席簿を利用して、個々の子どもたちとの会話をチェックしたり、1日の授業が終わった後で、1分間のトークタイムを設けてもいた。ときには生徒同士で、互いを認め合う時間も作っていたという。また自信を持てずに、落ち込んでいる子どもには、視点を替えるようにアドバイスを繰り返した。

「自分を他の優秀な生徒と比較するから劣っているように勘違いするのです。自分は自分でいいじゃないか。今の自分を過去の自分と比べてみればいい。成績も少しは良くなっているし、100m走のタイムも速くなっている。素晴らしいじゃないか。ちょっと視点を変えるだけで、自分に自信が生まれ、考え方や生き方も変わってくるのです」

うれしいときは空を見上げて


福島県内中学校での講演活動を地元テレビが紹介した

そうして、もたらされた子どもたちとの信頼関係が、実は厳しい闘病生活で無形の力にもなっていると言う。

「最初の治療が終わった後、初めて教室に入ると、やんちゃな生徒が先生、大丈夫だっべかと声をかけてくれた。そのひと言で、生徒たち全員の気持ちがわかったような気がしました」

そうした支えがあるからこそ、奇跡としか思えない三本杉さんの命のエネルギーが呼び起こされている。それは、またどんなときでも人生を前向きにとらえる三本杉さんならではの生き方の賜でもある。

傍から見ると絶望的としか思えない病床にあって、三本杉さんは「空を見上げて」という歌を作っている。

―うれしいときは空を見上げてほら、朝焼���にかかる白い雲

さわやかな風がささやきかける今日もいいこと いっぱいあるって(後略)―。

これはまぎれもない人生賛歌にほかならない。

今ある生を精一杯大切に


避難先のアパートで。着ているTシャツは2012年度福島リレーフォーライフ用のユニフォーム

今、三本杉さんは、いつどう変わるかわからない病気を抱えながらも、福島県内を歩き、多くの人たちと「生きる歓び」を分かち合い続けている。その視線の先には、自らと同じがん患者も含まれている。厳しい闘病生活を強いられている人たちに、それでも人生を精一杯生き抜いていくために、4つのアドバイスをくれた。

「第一に心と体を冷やさないこと。第二に誰に対しても感謝すること。第三に人生に対して志を保ち続けること。そして、最後にささやかなことでいいから、誰かのために何かをし続けること。そんな生き方をすることで心が洗われて、真っ向から病気と向かい合うことができるのではないでしょうか」

それはおそらく、三本杉さん自身の心のありようでもあるに違いない。じっさい苛酷な闘病生活のなかで死を実感して、三本杉さん自身のなかに、新たな死生観が立ち現れたという。

「がん患者に限らず人間はいつか死んでいく。これはどうしようもない現実です。しかし、それなら今ある生を精一杯大切にすべきではないか。それが結果として明日につながっていくように思うのです。私自身の活動にも同じことが当てはまる。少し前まで、私は自分が生きた証しとして何かを残したいと願っていました。しかし、今は何も残らなくてもかまわないと思っています。精一杯生きれば、その生きざまを見ていた誰かが、きっと後を引き継いでくれると思っているのです」

人のために、そして何より自分自身のために、今、このとき生き抜くことを考えたい。

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