病は決して闘うものではなく向き合うもの 急性骨髄性白血病を経験さらに乳がんに(後編)
私のいのちはドナーのいのち
骨髄移植は、提供を受けた患者のその後の生き方に色濃く影響する治療のようだ。
「移植治療中あまりにもつらくて……、もうこれ以上頑張れないと点滴を抜こうとしました」
同じ病に罹患した第12代目市川團十郎さんが、それを「無間地獄をさまよう亡者になったようだ」と表現した苦しみの期間だ。ちょうどそんなときドナーから手紙が来た。骨髄バンクでは匿名で手紙の交換が1年2回できる。それは夫が移植当日に書いたお礼の手紙への返事だった。
「僕はもう患者さんにしてあげることは何もありません。今できることは天に祈ることだけです。ただ雨が降ろうが曇ろうが、空に星があることはみんな知っています。どんなに天気が悪くても、星は必ず輝いています」と書いてあった。折しも七夕のころのことだ。
「見ず知らずの私のために骨髄をくれた人の思いを手紙で知り、生きようと頑張れたのです。その後もドナーさんは私に骨髄をくれただけでなく、何度となく私を救ってくれました」
2回目は乳がんになり、標準治療で使う抗がん薬が使えないと言われたとき。33歳のときからここまで命を繋いでもらったので、それならしょうがないと一旦は諦めた。
「ママの命ってドナーさんにもらった命だから、他に治療があったらいいのにという娘の言葉を聞いたとき、そうだ私の命はドナーさんの命なんだから、何でもやってやろう!」と生きる意欲を取り戻した。
3回目は、夫の死。夫はこれまで山内さんに寄り添い、励ましてくれた最愛の存在。葬式から初七日までショックで記憶がないほど茫然自失していたとき、患者仲間から電話があった。
「とても悲しいし、ご主人のところに行きたいと思っているかもしれないけど、私たちの命はドナーさんからいただいた命。それを忘れていなければ、もうちょっと生きてね」
その言葉が、深い悲しみの真っ只中にいた彼女を救った。
「だからドナーさんは、これからも何かのときに助けてくれる存在ですね」
もう1つの信念

自分が患者になったとき夫がいつもそばにいてくれた。それに友だち、患者仲間、医療者もいてくれたので孤独を感じたことはなかった。
医師会の訪問看護ステーションの室長も「人間は絶対1人にさせちゃいけない。孤独が一番いけない。問題を起こすのは孤独が原因」と常に言っていた。だから、「患者さんを1人にさせない。誰もいなくても私だけはいる」というのはブレない彼女の信念になっている。
そのほか、仏教徒でもあり大学で仏教を学んだ彼女の背には御仏がいると言う。
「同行二人というのですが、御仏が必ず私の行動を見てくださり、私のことを支えてくださっている。でも、こんなに試練を与える御仏は、向こうに行ったら2、3発殴ろうと思���んですけど(笑)」
病は闘うものではなく、向き合うもの
山内さんには、〝人は言葉によって救われるのだ〟と実感した忘れえない体験がある。それは白血病で入院中、同世代の患者友だちが移植直後に再発がわかり、厳しい状況におかれたときに遡る。
病室の電話で話していたとき、「私もう闘えない」と彼女は言った。山内さんも彼女がこれ以上頑張れないことも、選択肢がないことも、その先に何が待っているかもよくわかっている。だから、何も言えない。そのとき、「病は闘うものではなく、向き合うもの。私もそうするから」という言葉が口をついてでた。
その後、彼女は亡くなり、退院後にお悔やみに行ったとき、ドナーになった妹さんが、「姉がもう頑張れないと言うので、もうちょっと頑張って病気と闘ってと言ったら、友だちがね、病気は闘わなくていい、向き合うんだよって。闘わなくていいという言葉を聞いて本当にホッとしたと話してくれたのです。それからは姉に一緒に向き合おうねと声をかけました」という話を聞いた。
それからというもの、彼女を救ったその言葉を一生言い続けようと思ったという。
「闘うと決めた人にそれは違うとは言いませんし、闘えと言うほうが頑張れる人には向き合ったほうがいいとも言いません。でも私の中では、『病というのは決して闘うものではなく、向き合うものだ』ということだけは絶対に変えられません」
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