恵まれている日本の医療環境 しかし〝後進国〟にはならないで 十二指腸がんを経験したジャーナリスト・辛坊治郎さん(57)
早期発見に医療への感謝

「私の場合は『がん』ということと『取り切れた』ということが同時報告だったので、精神的なダメージは少なくて済んだ」
医師は、辛坊さんのがんについて改めて説明した。「バリウムを飲んでのレントゲン検査では見つからない大きさのものでした。加えて、鼻から挿入する細いタイプの内視鏡は画質が悪いのに、よく見つけてもらいましたね」
人間ドックに行ったかかりつけのクリニックの医師の柔和な顔が浮かんだ。ベテラン執刀医の説明は続いた。
「内視鏡切除とひと口に言っても、私は大腸がんなら6000例は経験していますが、十二指腸がんとなると10回もやったことがありません。とても難しい。取り方を一歩間違うと、穴が開いてしまうのです。十二指腸は組織上、塞がりにくい特徴があるので大量出血につながり、それは致命的になります」
背筋が寒くなる思いだった。発見から切除まで、医療関係者に感謝する気持ちで一杯になった。
10日間の入院を経て、退院した。術後の抗がん薬療法などはなかった。
毎朝3時起き 節制した生活のはずが
鳥取で生まれ、埼玉で育った。早大卒業時には、県庁と最大手レベルの商社、そしてテレビ局の内定をもらった。「朝が一番遅そうだな」と選んだテレビ局だったが、朝の番組担当になり、以来、午前3時起床が30年以上続く。
「こんなはずじゃ……とも思いましたが、すぐに順応できるんです。どんな仕事に就くよりも朝が早い仕事でしたね」
目覚まし時計がなくても、3時にピタリと目が覚めるようになった。仮眠が入ったりするので、食事は1日に4、5回に分けていた。夜遊びはしない。宴席があっても午後8時半を過ぎると帰宅し、9時には就寝。そのような生活の中、最初に異変があったのは、3年ほど前だった。
「東京での生放送番組が終わった後、猛烈な腹痛に襲われました。脂汗が止まらず、動けなくなりました。救急車で搬送されました」
病院で、真っ黒な便が出た。「上部消化管からの出血」と診断され、3日間入院した。内視鏡検査を受け、「胃と十二指腸が荒れているが、出血箇所はわからない」という診断だった。
このときも楽観的に乗り切った。
「かみさんが言うんですよ。『テレビで腹黒いコメントばかりしているからだ。これで少しはまともな人間になるんじゃないの』なんてね」
原因は分からずじまいだったが、今回の執刀医にこの話をしたところ、「関係ないと思います」と言われたという。
肺に転移? 敢行した太平洋横断
手術から2カ月、今年(2013年)2月に岩本さんとの太平洋ヨット横断をマスコミ発表した。翌日の新聞を��た奥さんから慌てた様子の電話が入った。
「肺にがんが転移したの?」
辛坊さんもびっくりした。会見の席で、「がんの手術後の経過はいかがですか」との質問に、「1月の経過観察で全身のCT(コンピュータ断層撮影)を受けたんですが、肺に影があると言われました。炎症かがんの転移なのかはわからないそうですが」と正直に答えると、翌日の朝刊に「辛坊、がんが転移」と大きな見出しになったのだった。
マスコミに身を置く身としても、首をかしげる記事だった。結果的に、その後の検査でがんではなく、何らかの炎症と判断された。
太平洋横断は、6月に敢行した。40年以上海に魅了されているヨットマンにとって、スポンサーも思うように集まらず、自分もスタッフも身銭を切っての大冒険だった。
「ヨットというと、石原慎太郎さんが知られています。何度もインタビューして海の話もしましたが、私の乗るのは、石原さんの船よりずっと小さいんで……」
その小さな船が、太平洋横断中にアクシデントに遭った。大きなクジラに体当たりをされ、船に穴が開いて、沈没してしまう。そして、海上自衛隊による救助。一部マスコミからは容赦ない批判を浴びた。辛坊さんは淡々と事実を答えた。
ヨットでの一部始終は船内の4つの定点カメラに収められており、検証VTRとして放送され、辛坊さん自身も専門家の鋭い質問に答えた。岩本さんと自身の命を守る最善の策を講じたと。
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