恵まれている日本の医療環境 しかし〝後進国〟にはならないで 十二指腸がんを経験したジャーナリスト・辛坊治郎さん(57)

取材・文●西条 泰
撮影●矢澤亜津砂
発行:2013年12月
更新:2019年7月

がんになってわかったこと

話は、がん治療に戻る。意外なことにも気づいた。

「がん保険に入っていたんですよ。契約内容も忘れるくらいでしたが、機械的に更新していました。部位によっては審査が厳しいらしいですね。浸潤の具合とか。よくよく見直すと何をもってがんと見なすかは難しいことがわかりました。内視鏡切除では保険の範囲外かなと思いました」

しかし、医師に聞くと、「あなたのケースは紛れもないがんです」と言われた。

がん保険は適用になった。入院費の補填などにとても助かったという。

「がん保険を使うとは思わなかったけど、入っておくものだな、と思いました」

さらに国策にも言及した。

「日本の医療は良くできている。ありがたい。イギリス人の友人に聞いたのですが、医療費は無料だが、かかりつけ医の紹介がないと専門医が診てくれなかったり、病院も選べなかったりと不自由も多い。そして手術は3カ月待ちが当たり前ということでした。日本は素晴らしいと思う」

「死にかけて思ったこと」

「プロジェクトに命を救ってもらった。プロジェクトがなかったら、人間ドックに入らなかったのですから。1年先延ばしにしたらどうだったか、医師に聞いてみました」

その答えは、「進行は個人差があるから何とも言えないが、可能性としては転移してしまって、内視鏡切除でつまんで終わりではなかったでしょうね」

辛坊さんは振り返る。

「命が危ないところを潜り抜けたというのは、ただ1つ、検査に行くのが早く、早期発見できたことです」

父親が68歳で肺がんにより死んだときには、本人に告知しなかった。20世紀には当たり前だった。

「現在は、『こういう状況だからこういう治療をする』ということを本人が納得する時代。告知せずに治療することはあり得ません。生存率が上がって、治療選択肢も広がっているからでしょう。がんに対する社会的イメージも相当変わってきていると思う」

さらに、日本の政治を扱うキャスターだけに、ジャーナリストとしての視点からも話した。

「今回死にかけて思ったのは、『この国はこれでいいのかな』っていうことです。ヨット遭難では税金で生かさせてもらったが、本質的なことを考えたときに、今やっている仕事がいいのか、それとも直接携わったほうがいいのか、考えてみたい」

日本の医療界に意見をもらった。

日本医療の承認制度は見直し必要

「日本の医療制度は充実しています。しかし、ロボットを導入した手術法は米国から輸入されたもので、一部の疾患しか保険適用されておらず、医療機関ではなかなか投資回収できない。ロボットというと以前は日本が最先端だったが、いつの間にか、米国にもっていかれている。

薬にしても、患者さんの家族からは『いい抗がん薬があるのに日本では認可されていない』という声が聞かれる。家族はやるせない。副作用もあるし、必ず効くとは限りませんが、知らないうちに医療後進国になってしまうのではという不安もあります。製薬や器具の認可に見直しが必要なのではないでしょうか」

これからの目標を聞いた。

「太平洋横断について、覚悟と態勢が整った段階でもう一回挑戦したい。今度はさらに厳しい状況になるでしょう。世間様に許してもらえなければ、ひっそりと再チャレンジかなと」

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