何度がんになっても諦めない 探せば必ず出会いがある 咽頭がん、大腸がん……再発・転移にも負けない落語家・三笑亭夢丸さん(68)
まだ続く闘い 頭蓋底に重粒子線治療

しかし、声色が変わっていることは、ファンにはすぐに分かった。「夢丸の声は鼻にかかっていて変じゃないか?」という声がすぐに寄せられた。それでも、本人は開き直って高座に上がり続けた。
13年3月末、大手術から1年が経っていた。病院で入念な検査をした。またもや思わぬ展開を見た。「鎌田先生が頭を下げるんです。先生は申し訳なさそうに言いました。『メスではどうしようもないところにがんが行ってしまいました。頭蓋底です』。ここまで現代医学に助けられてきたのに、いよいよ終わりかと観念しましたが……」
5月には弟子の三代目世楽の真打の披露目がある。師匠として口上を述べなければならない。あと2人の弟子も真打にしなければ。ここで負けるわけにはいかなかった。
鎌田医師をはじめ、考えられるすべてのツテをたどって、方策を探った。紆余曲折の末、たどり着いたのが、放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院(千葉県稲毛市)だった。重粒子線は精度の高さと有効性が指摘されているが、現在は保険適用されないので、費用は314万円かかる。
「道はそれしかないと思いました。最後のひと博打までやってやれ、ラストチャンスだ、ってね」
重粒子線治療は通常の放射線治療よりも体の固定が厳重で、負担も大きい。しかし、夢丸さんは12回の治療をやり遂げた。重粒子線治療の効果は照射後も続き、頭部のがんはほんどない状態になっている。
重粒子線治療を受けた後、ある朝、ちょっとした〝異変〟に気づいた。「小さい声なら、『さしすせそ』も、『ばか野郎』も発音できたんです。のどちんこが再生するわけはないのに」
夢丸さんは、岡山の皆木医師を訪れた。のどの様子を見た皆木医師は言った。「驚いたなあ。本来なら発音に関係ないのどの不随意筋の一部が声を出すときに空気漏れを防ぐ働きをしているようです」。声を出したい一心が通じたと思った。皆木医師は続けて言った。「そこまで機能が回復したのなら、これはどうでしょう」
提示されたのは、口蓋垂の代わりをする器具。入れ歯のように装着する。「自分でもびっくりしました。以前のような声が出るようになったんです」
13年10月から、この器具を付けて高座に出た。鼻声ではない。ファンも喜んだ。夢丸が戻ってきたと。始めはリハビリがてら20分程度の演目を選んでいたが、14年に入ると、1時間ものも問題なく務められるようになった。
テレビで活躍も 「古典落語を復興させたい」
落語好きの一家に育った夢丸少年は、横浜の高校を出る���き、噺家の道を選んだ。高座を離れてもテレビのレポーターとして引っ張りだこになった。当時のニュースショーはレポーターが自分で取材したストーリーを台本もなく15分間しゃべり続けるスタイルだった。「ルックルックこんにちは」では29年にわたりレポーターを続けることになった。
しかし、本業は落語。50代から仕事を調整し、落語一本にかけてきた。「歌舞伎にしても映画にしても、新しい『時代もの』が生まれているのに、落語は時代に合わず減っていくだけ。現代にも通じる『時代もの』の落語を残さなければと思いました」
01年から江戸を舞台にした新作落語の公募を始めた。優秀作は「夢丸新江戸噺」として高座にかけられている。
探さなければ見つからない 手を広げてみよう

「この4年はがんとの闘いだった。でも、もう克服したよ、と言える段階まで来たと思う。みなさんの励みや希望につながってくれれば」
そばで支え続けた妻、八重子さんは、「最初は放射線治療の副作用による味覚障害だけだったから、可哀そうということもなかったけれど、深刻になると掛ける言葉もなくなった。でも、『治らないことない。これまでも瀬戸際のつらい思いしてきたのだから大丈夫』と、励まし続けました」
「がんになっても、諦めずに必死になって手を広げるべきです。探さなければ活路は見つからない。受け止めてくれるお医者さんは必ずいる。私もこれからいくつがんになろうが、治療しようと思っています。チャレンジしようと誓っている。噺家人生を全うするために」
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