大腸がんのおかげで、今生きています ステージⅢの大腸がんと骨病変前立腺がんを乗り越えて活躍するサクソフォン奏者・苫米地義久さん(70歳)
車椅子の生活になりますよ
6カ月ごとのM医師による直腸がんの検診で、苫米地さんの骨盤に異常が見つかったのは09年2月のことだった。
「CT画像を見ると、大腿骨の付け根の骨盤と交わるあたりが白くなっているんです。6カ月前の画像を見ると、わずかに白くなっている程度だったので、これはただ事ではないということになりました」
何が原因で骨の異常が起きているのかがわからず、まずは整形外科に行くよう指示された。ここでは様々な骨の検査が行われ、「このままでは杖がないと歩けなくなる」「最悪の場合、人工関節手術が必要になる」「車椅子の生活になる」とまで言われた。
しかし、骨盤病変の原因は特定できず、消化器全般を担当する部門で診てもらうことになった。
ここでも骨盤の異常の原因は特定できなかったが、応対した医師はPSA(前立腺特異抗原) の数値がグレーゾーンの4.47ng/mℓであることに着目。前立腺がんの転移の可能性があると見て、泌尿器科の診察を受けるように言われた。
「精神的に1番つらかったのはこのころです。ドクターたちが、様々な角度から調べて、一生懸命診てくれているのに原因を特定できないわけですから、不安でたまりませんでした」
泌尿器科に行くと、応対した医師の勧めに従い苫米地さんは、がんの有無を調べるため生検を受けることとなった。
骨盤の異常は前立腺がんが原因と判明
2週間後、結果を聞きに行った苫米地さんは、その医師から細胞診で前立腺にがんが見つかったことを伝えられた。骨盤の異常は前立腺がんの転移だったのだ。
その医師は、原因を特定できなかった要因の1つに、苫米地さんが前立腺がんの中でも特殊なケースであることをあげた。世の中には前立腺がんが進行してもPSAの数値がそれほど上がらない人がわずかにいるが、苫米地さんもその1人だったのだ。
「告知されたとき、ドクターからは、直腸がんのおかげですねと言われました。6カ月ごとの検査がなければ骨盤の異常に気付くことはなかったわけですから。僕自身は、『病院運』がいいと思いました。『PSAの数値が上がらない前立腺がん』という極めて特殊なケースを究明できたのは、国立がんセンターに診療科がたくさんあって、レベルの高い医師が揃っているからです。ここで治療を受けられて本当にラッキーだったと思いました」
医師から示された治療方針は、ホルモン療法でがんの勢いを抑えた上で、IMRT(強度変調放射線治療)を使った放射線療法を行うというものだった。
ホルモン療法が始まったのは09年5月の連休明けだった。治療はホルモン薬の*リュープリンと骨病変に対する治療薬である*ゾメタを併用する形で行われた。
治療が効いているかどうかは、PSA値の推移が1つの目安となる。開始時4.47ng/mℓあったPSA値は治療開始とともにどんどん下がりだし、6月24日には0.695ng/mℓに低下。その後も下がり続けて8月6日には0.057ng/mℓにまで下がったため、1カ月後の9月6日から、放射線療法を開始することとなった。
ホルモン療法のときはこれといった副作用が出なかったが、放射線療法ではつらい副作用に苦しめられた。
「お腹にきたんです。放射線の影響でお腹のコントロールが効かなくなり、ずっと下痢気味の状態が続きました」
放射線の影響に苛まれながらも、苫米地さんは11月12日に、何とか無事に36回の照射を終えることができた。
*リュープリン=一般名リュープロレリン *ゾメタ=一般名ゾレドロン酸水和物
人が優しく元気になることを願って
その後は4カ月ごとに検診を受けながら様子を見ることになったが、PSA値は翌10年と11年は毎回測定限界以下。昨年(2014年)も0.048~0.060ng/mℓという極めて低い数値で推移しており、状態は安定している。
2つの厄介ながんを経験したことで、苫米地さんは自分が生かされているという気持ちが強くなっているという。
「以前は、テレビドラマなどで流れる劇伴など、いわゆる『ビジネス音楽』を結構やっていたのですが、病気後は、自分が本当にやりたい音楽、自分にしかできない音楽をやっていこうという思いに変わりました」
世界の名曲を思い入れたっぷりにサックスで歌い上げる『Ballads』シリーズでは、昨年第4弾として『TOMA Ballads4』を発売。その一方で、苫米地さんは東京都のヘブンアーティスト(大道芸人)の資格を取り、サクソフォンのストリートアーティストとしての顔も持つようになった。
人が優しく元気になることを願って、音楽活動を――。病室で自分が音楽によって癒されたように、1人でも多くの人を元気づけたい。苫米地さんの作品には、そんな温かいメッセージが詰まっている。

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