本当に沢山の人に救われた。落語を通して倍返しをしたい 腎盂がんと膀胱がんを経験し、さらに芸に磨きがかかった落語家・柳家権太楼さん(68歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年8月
更新:2018年3月


抗がん薬で家に閉じこもり、精神的に落ち込む

権太楼さんのがんとの闘いの第2幕は、抗がん薬との闘いだった。

始まったのは退院から2カ月後の11年3月からで、まず5日間入院して点滴で投与を受け、さらに5カ月後の8月下旬にも5日間入院して2度目の投与を受けることになっていた。

抗がん薬の副作用として、権太楼さんも吐き気、悪心、脱毛、白血球の減少等の副作用が出た。

「髪の毛が抜けたし、吐き気にも悩まされました。でも、それがとくにつらいということはなかったです。事前に医師から起こることは言われていたので『こういうもんだ』と思っていましたから。ただ、抗がん薬を行った後は、免疫力が落ちているので、感染症にかからないために家に閉じこもっていなければならなくて……。それが何よりもつらかったです。段々、気持ちも落ち込んで、うつ状態になってしまい、それで自分でも何とかしなくてはと思いました」

マスク姿で高座から客席に挨拶

2011年4月9日、大手町の日経ホールで行われた「第6回大手町落語会」で世にも奇妙な光景が見られた。プログラムには柳家権太楼に代わり柳家さん喬が代演する旨が記され、幕が上がると権太楼さんがマスクをした姿で高座に上がっていたのだ。

「今こういう状態なので、マスクをしたままご挨拶させてください」と前置きして、11月に腎臓の腎盂というところにがんが見つかったこと、1月に摘出手術を受けたこと、3月下旬に抗がん薬治療を受けて白血球が減り人前に出るにはマスクが必要なことなどを話すと、満員の客席は静まり返って聞いていたが、「マスクを着けたまま『百年目』(演目の1つ)は出来ないでしょう」と言うと、会場は大爆笑。高座を降りる際には、場内から大きな拍手が巻き起こった。そして、代わって登場したさん喬さんが「あれだけ話せるのだったら、代役を頼まないで、一席やればいいのに」と話すと、会場は再び大きな笑いに包まれた。

膀胱がん発覚で手術とBCG注入療法

2012年の落語協会、夏の圓朝まつりにて

2度目の抗がん薬治療は8月に行われたが、それも何とか乗り切り、2011年の終わりごろには、このまま異常なく、月日が経っていくのではないかと思われていた。

がんとの闘いの第3幕が始まったのは、そんな思いが出始めた直後だった。12月の検査で、膀胱にがんが見つかったのだ。

腎盂にがんが発生した場合、同じ尿路経路である膀胱にがんが発見される確率は高く「もともと、膀胱���もがんが出る可能性があるよと言われていたので、それほどショックはなかった」と権太楼さん。

仕事のスケジュールを調整した上で、権太楼さんは翌12年2月に再び大学病院に入院し、翌日内視鏡を使った手術(経尿道的膀胱腫瘍切除術)でがんを切除し、3日後に退院した。

その後、再発を予防するためにBCG注入療法が行われたが、投与された日は決まって高熱が出る副作用に見舞われた。

「BCGの注入を受けた日は、夕方ごろからどんどん熱が上って40度近くにまでなるんです。でも処方された頓服を飲むと下がりました」

7回のBCG注入療法を通院で行った後、現在は月に1度通院して、経過観察している状況だ。膀胱がんは再発率が高いことで知られているが、異常は見つかっていない。

「先日の検査で『今のところ、セーフです』から『セーフですね』と、先生の言い方が変わったのです。このまま、治癒の目安である5年が経つのが待ち遠しいですね」

落語への強い思いに気づかされた

しみじみとした口調でそう語る権太楼さんだが、がんになって改めて、自分の落語に対する強い思いに気づかされた。

「抗がん薬治療中に気持ち的にもふさぎ込んでいたときに、先生から『本当は落語でも聞いて笑ってくれると嬉しいんですけどね』と言われたんだけど、そのとき僕は言ったんです。『だったら俺に落語をやらせて下さい。そのほうが俺は嬉しいんだ、楽しいことをしたいんだ』と。すると先生も『そしたら、落語をやりましょうか』と言って下さって、高座に上がるようになりました。もちろん、疲労感はありましたけれど、充実感のほうが大きかったです」

がんを経験して落語に対する意識も少し変わった。

「がんになれば死を意識しますから、自分の落語に対する始末をどうつけるか、ということも真剣に考えるようになりました。そう思うと、自分が本当に楽しいと思うことをしようという気持ちが強くなりました」

落語を楽しむ、究極はそこです――。権太楼さんはそう言い切る。闘病生活を通して、本当に沢山の人に救われた。だからこそ、その人たちに「落語を楽しくやって、面白かったと笑って帰っていただけるよう、倍返ししないといけない。そうしないと、落語の神様は許してくれないと思っています」と話す。

さらに磨きがかかった権太楼さんの落語。ぜひ足を運んで、楽しんでいただきたい。権太楼節、完全復活です!

2015年元旦。一門勢揃いでの1枚
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