胃がんの手術後、食の楽しみが失われてしまいました 胃がん、劇症肝炎と2度の大病を患ったシンガーソングライター・小椋 佳さん(71歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年9月
更新:2020年2月


手術の影響で食欲がなくなる

小椋さんが他の胃がん手術経験者と明らかに違う点は、手術で受けたダメージが改善されないことだ。体重は手術後57㎏に減ったが、回復するどころか、さらに減り、現在は55㎏。「今も油断をすると55㎏を切ってしまう」という。

食欲も回復せず、何かを食べたいという欲求は手術以来、一切起きなくなってしまった。それどころか、何を食べても胃に滞留して苦しくなるので、食べることは苦痛以外の何物でもないという。

「手術で胃が極小になってしまったんです。しかも、胃の下の部分が締まり過ぎて、上がゆるいため、食べてもすぐに戻してしまいます。胃が機能しておらず、食べると胃が重くなって苦しくなるので、むしろ食べないほうが楽なくらいです。だから今は〝義務〟で食事をしているような感じです」

しかし、その一方で小椋さんの中には、「がんになったおかげで長生きしている」という思いもあった。胃がんの手術で食べられなくなった影響で、高かった血糖値が低くなり、もともと患っていた糖尿病が自然に治ってしまったのだ。

「僕の母は糖尿病に起因する合併症で失明し、59歳のときに亡くなっているんです。その糖尿病になりやすい体質を受け継いでいるのか、僕も銀行員時代、毎晩、宴会や会合で飲み食いするうちに血糖値が上がり、ひどいときで血糖値は400mg/dLを超えていました。胃がんで手術をしたら一切食事ができない体になってしまい、おかげで血糖値も下がり、完全に正常値になりました」

劇症肝炎でコンサート翌日に倒れる

2001年5月に胃がんの手術を受けたあと、小椋さんは月に1度手術を受けた病院を訪ねて検査を受けたが、再発の兆候が見られないまま時が流れ、無事5年が経過した。これで胃がんの治療には一区切りついたが、2012年2月には、もう1度大病を患うことになる。

今度はがんではなく劇症肝炎だった。

初めに出た症状は高熱で、クリニックで診察を受けた。そこで受けた血液検査で、肝機能の状態を示す検査値が正常範囲を大きく超えていたため、すぐに病院に入院し、治療を受けることになったのだ。

しかし入院はしたものの、2月18日と19日には渋谷のBunkamuraオーチャードホールで東京フィルハーモニー交響楽団との約3時間半にわたるコンサートが予定されていた。小椋さんは病院に外出許可を取って、会場に向かい、何とか2日間にわたるコンサートをやり切った。

「そしたら、コンサートが終わった翌日に倒れてしまったのです」

すぐに病院に行き、再検査を受けたのだが、肝機能の数値を表すGOT、GPTの数値は、正常値をはるかに上回る異常な値にまで上昇しており、医師から「劇症肝炎」という病名を宣告された。数値からすると、いつ死んでもおかしくない状態だったという。

ベッドで絶対安静にしているように言われた小椋さんは、薬剤投与による治療を受けた。幸いその薬はよく効き、肝機能の数値は見る見る低下、次第に状態は安定し、ひと月ほどで退院の運びとなった。

新たにスタートした第2の人生

「今年で71歳。もう十分ですよ」

小椋さんは笑ってそう話す。2度の大病を患っても、自分の生活スタイルは崩さない。大学時代から吸い始めたタバコは今でも1日40本。新たな病気についても「来たらきたで、しょうがない」とどっしり構える。

そんな小椋さんだが、昨年(2014年)9月には「生前葬コンサート」を開催した。同級生や同期の人間のほとんどは、既に職場をリタイヤしている。自分もそろそろと考えているが、仕事柄「定年」というものがない。だったら自分で「けり」をつけようと、生前葬コンサートを行ったのだ。

4日間のコンサートは大盛況に終わったが、「翌月に死なせてくれればよかったのだが、まだ生き延びているので(笑)、これからどうしようかなと。今は余生という新しい人生をいただいたと思い、生き直してみようと考えています」

新たにスタートした第2の人生では、小椋さんは暦の上での「1カ月」を「1年」とカウント。そのため今年7月に小椋さんは10歳になった。

「この暦換算だと、僕の青春は今年の暮れくらいに来る予定です。新鮮な気持ちで生きていきたいですね。今は〝少年〟というところでしょうか」

そして、昨年の生前葬コンサートから〝1周忌〟を迎えた今年、8月からは全国17カ所で「余生あるいは一周忌コンサート」が行われる。「生前葬コンサート」で歌った曲の中から、小椋さん自らが厳選した数十曲を届ける予定だ。

自らを「生ける屍のような感じです」と自嘲気味に話す小椋さんだが、第2の新しい人生は始まったばかり。まだまだ周囲は休むことを許してくれなさそうだ。

昨年行われた生前葬コンサートの様子

息子さんが琵琶職人でもある小椋さん。今後は琵琶を通して新しい作品も創っていきたいと、抱負を語ってくれた(2006年「未熟の晩鐘」より)
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