覚悟を決めたことで、病気を受け入れることができました 胃がんを克服し、民話の語り部「芸術家派遣事業 協力芸術家」としても存在感を増す俳優・真夏 竜さん(66歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年8月
更新:2020年3月


転移はなく、手術では胃の3分の2を切除

真夏さんは2004年11月に大学病院に入院。さらに詳しい検査をいくつか受けたあと、12月に手術を受けた。

麻酔で深い眠りに落ちていた真夏さんは、知る由もなかったが、がんはある程度進行していたものの、幸い胃壁の中に留まっている状態だった。周囲のリンパ節に多少の転移は見られたものの、膵臓など他の臓器へは転移しておらず、病期は「Ⅲ(III)A期」。想定された最良のケースだったため、そのまま手術に移行した。

手術の第1段階は、胃の摘出手術である。がんは胃の出口に近い部位(幽門部)にあったので、胃の入り口に近い部位(噴門部)を少し残して、3分の2が切除された。

そのあと、小腸の一部が切り取られ「代用胃」を作る作業に入り、残された胃と十二指腸にそれぞれ縫合され、手術は無事に終了した。手術は8時間に及んだが、小腸を胃の代わりとする「代用胃」の手術を施したことは、後々真夏さんに大きな恵みをもたらすことになる。

術後の痛みはどうだったのだろう?

「手術当日の夜は痛みがすごくて、拷問を受けているようでした。あの痛みは、悪いことをしていなくても『私がやりました』って白状したくなるほどのものです(笑)。麻酔を処置してもらうため、ナースコールで何度も看護師さんに来てもらった記憶があります」

この痛みが和らいだころ、今度は食事面でも苦労した。

「『代用胃』のお陰で、今では手術前と変わらない食事ができますが、手術直後は食事量が極端に減ってしまいました。食べる量も、最初は加減がわからず、苦労しました。スプーンひと口多く食べただけで、お腹に脂汗が噴き出すような激痛が走るんです。これは、退院後半年くらい経ったころにようやく落ち着きました」

この腹痛には苦しんだが、複雑な手術を受けたにもかかわらず縫合不全などの合併症は起きなかった。日を追うに従って歩ける距離も長くなり、体力も徐々に回復し、無事に退院。術後3週間が経過したころには、10時間出ずっぱりのラジオの仕事をこなせるほどにまでなったという。

6年間続いた週に1度の病院通い

治療はこれで終わったわけではない。術後、再発の確率を下げる目的で、TS-1(ティーエスワン)を使った抗がん薬の服用が始まった。

「爪が変形する、皮が剝けるといった症状は出ましたが、幸い重篤な副作用は出ませんでした」

真夏さんが他の胃がん摘出手術を受けた患者と大きく異なる点は、週1回の頻度で病院に通い、経過観察が行われたことだ。

「経過観察する場合、通常は術後1カ月から3カ月に1度のペースで病院に行き、2~3年す��と半年に1度などの頻度になるようですが、私の場合はずっと週に1度くらいのペースで大学病院に行って、血液検査を受けていました。主治医の先生は、腫瘍マーカーの数値を慎重にチェックしていたようです。私の胃がんは悪性度の高いものだったので、手術が成功したといっても、再発の可能性は十分考えられたからだと思います」

週に1度の検査は3年、4年と続いたが、幸いその徴候は見られず、術後6年間続いた末、ようやく終了した。

「6年が経過したとき、主治医の先生から『もう卒業ですね』と言われました。先生からは『あの状況で、未だにこうしてお元気なのが不思議なくらいです』 と冗談っぽく言われたのを覚えています。思わず『ウルトラマンだからでしょうかね……』と返しましたが(笑)」

とはいえ、手術時の状況を考えると、再発の可能性もそれなりにあったと思われるが、それに対する不安というものはなかったのだろか?

「再発はしないほうがいいなと思ってはいましたけれど、再発したらしたでしょうがない、と思っていました。どんなに気をつけていても、再発するときはしますから」

TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム

がん経験後、民話語りの活動を開始

真夏さんに話をうかがっていると、ご自身のがんについてどこか泰然と受け止めている印象を受ける。

「ひょっとしたら、『俺死ぬんじゃないか』と思ったのは、猛烈な痛みを感じた手術前あたりですかね。ただその時に、腹が据わるというか自分の中で覚悟が決まったんです。だからこそ、がんという病を突き付けられたときでも、絶望したり、取り乱したりすることもなく、淡々と受け止めることができたのだと思います。抗がん薬や放射線による治療よりも、そういった〝覚悟〟を持つことのほうが、僕自身、がんに効くような気がします」

最後に、がんになって教えられたことは何かと問うと、ハッキリした口調で答えが返ってきた。

「人に生かされ、人に助けられて自分は生きているということですかね。素晴らしい人たちに、タイミングよく巡り合い、それが自分を生かす方向に動いてくれたので、今の自分があると思っています。それを思うと、僕は本当に人に恵まれていると思います」

人に生かされ、人に助けられているという思いが強くなった真夏さんは、がんの手術を経験したあと、民話の1人語りを始めた。少しでも人の役に立ちたいという気持ちが芽生え、以前から興味があった民話語りを始めようと思い立ったのだ。

10年ほど前から月に1度くらいのペースで幼稚園や学校回りをしているうちに、その活動は各方面で評価されるようになり、6年前には文化庁から「芸術家派遣事業 協力芸術家」に認定された。今では山梨県のFM富士で毎週30分のレギュラー番組『真夏 竜の民話の小部屋』を持つまでになり、民話の語り部として日本で抜きんでた存在になった。

「がんになったことが、背中を押してくれたのだと思います。がんになることや、年をとることはなかなか悪いことじゃない、捨てたもんじゃないと、今はそう思います」

胃がんを経験したことが、このような形で大きな果実に成長した真夏さん。がんをきっかけに、得たものも大きかったと言えるのかもしれない。

がんをきっかけに、「何か少しでも人の役に立つことを」との思いで始めた民話語り。6年前には文化庁から「芸術家派遣事業 協力芸術家」として認定を受け、現在は国内にとどまらず、海外でも公演を行っている(写真は5月に行われた中国公演の様子)

5月に中国・上海で行った、真夏座・中国公演での真夏さん。中国公演では、民話語りを字幕付きで行ったという
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