がんになって初めて、人生の区切りを実感しました 議員任期中に大腸がんを経験した、医師であり元厚生労働大臣の坂口力さん(82歳)
「それでは、私は化学療法を行いません」

入院後に行われた手術は、予定通り開腹で行われ、回盲部から上行結腸にかけて腸管が切り取られ、合わせて周囲のリンパ節も切除され、病理検査に回された。
術後の痛みはどうだったのだろう?
「覚悟していたのですが、痛みでつらい思いをすることはありませんでした。硬膜外麻酔で痛みを完璧にコントロールして下さったので、本当に助かりました」
術後の経過は順調で、3日目から歩行を開始。出血、縫合不全などの合併症も出なかったため、当初の予定通り8月中旬に退院できることになった。
退院前に術後に化学療法を行うか、行わないか、医師と話し合う機会があった。病理検査の結果から、医師からは、回盲部から離れたところにあるリンパ節には転移はなかったが、回盲部の傍にあるリンパ節には転移が見つかった旨の説明があり、「Ⅱ(II)期の終わりかⅢ(III)期の初めごろ」という説明を受けていた。
リンパ節転移が確認された場合、病期はⅢ(III)期となり、再発予防として術後に補助化学療法が行われることになる。坂口さんは抗がん薬の副作用に苦しむ人を何度となく見てきたので、内心受けたくはなかったが、信頼する医師から勧められれば、行うつもりでいた。
「先生が言うには、私のような病期の患者さんに対して、術後に化学療法を行ったほうが良いという説と、行わなくても良いという説が両方あり、当時ヨーロッパでは議論になっているということでした。化学療法を行った場合でも、行わなかった場合と比べて再発率にそれほど差がないというお話で、最終的に先生からは『坂口さんのほうで決めて下さい』ということでした」
すると坂口さんは躊躇することなく、即答した。「それでは、私は化学療法を行いません」
続けて坂口さんはこう言った。「化学療法を行わないというのは自己責任ですから、もし一筆書く必要があるのでしたら、書かせて下さい」
すると医師は「そこまでしなくても大丈夫です。それでは止めておきましょう」と言い、術後の化学療法は行わない方針となった。
化学療法を行わないと即決できたのは、何故だったのだろう。
「先生からは、化学療法で使う薬にも、非常に副作用の少ない、いい薬が出ているということは聞いてはいました。とは言っても副作用があることは事実です。
私の周囲で化学療法の副作用で���しんでいる人が沢山いることは感じていましたし、私の恩師にあたる先輩が肺がんになり、お見舞いに行った際、『がんの苦しみより、薬の副作用のほうがどれだけ苦しいか』と言っているのも、実際に耳にしておりました。私もまだ現職の議員でしたので、できれば苦しみを避けたいと思ったからです」
何もやらないことへの不安
2009年8月、坂口さんは大学病院を予定通り退院。退院後はすぐに仕事に復帰し、以前のような忙しい日々に戻ることになった。
しかし、退院後2、3カ月すると、再発のリスクがあるのに、運を天に任せて何もしないでいることに、坂口さんは不安を覚えるようになった。そして色々調べた結果、都内にある瀬田クリニックで免疫療法を受けるようになったという。
「私としては気持ちを安定させる安定剤くらいの気持ちで受けました。化学療法には副作用はありますが、免疫療法にはそういった副作用はないですから。
以前より、免疫療法には関心があり、理屈の上ではもっと治療効果があって然るべきだと思っていました。がんに対する免疫力を作ることができたら、これに勝る薬はないと思います。自分で自分を治すのですから。これについてはもっと研究すべきだと思います」
その後、月に1回、半年間ほど、坂口さんは免疫療法を受け、現在は年に1回、クリニックで免疫力の状態を診てもらっている。
「今年(2016年)の7月で手術から8年目になりますが、全く再発もなく、ここまでくることができました。大学病院の先生に完璧な手術をしていただいたこと、それに加えて、免疫療法というのが効果を発揮したと、自分では捉えています」
がんになって初めて、人生の区切りを実感
病気をきっかけに、自身のやるべきことがはっきり見えてきたと、坂口さんは話す。
「がんになるまでは、自分の人生がいつまでなどと考えることはありませんでした。がんになって初めて、人生の区切りをつけなければならないときが来ることを実感しました。これから一体何をしておけばいいのか、自分が先に逝けば残された者のことを考えておかなければなりません。仕事上でも、これだけはきちっとさせておきたいという思いはあります」
2012年11月の衆議院解散を以て議員生活に終止符を打った坂口さんだが、82歳になった現在も、東京医科大学特任教授などの肩書きを持ち、各地で講演会を行うなど、以前と変わらず忙しい日々を送っている。
「人生にとって1番大事なことは、世の中のため、若い人のために貢献できるかどうかということです」と言い切る坂口さん。
「生涯現役です!」
最後に力強く答える姿が印象的だった。
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