病気になって、物事の価値がはっきりと見えてきました 食道がんの治療から見事復帰した、海援隊・中牟田俊男さん(67歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年10月
更新:2020年3月


食事が思うように摂れない日々

術後は1週間ほど飲水と食事の摂取ができなくなり、点滴などによって必要な栄養と水分を補給することになるが、縫合部分に問題がなければ流動食から食事を開始する。その後、段階的に普通の食事に移行するが、患者は以前のように食事を摂ることはできないので、様々な苦労に直面することになる。

中牟田さんも例外ではなかった。

「手術後、5~6日経ってから流動食が始まったのですが、つらかったのは、『飲んでもいいし、食べてもいいよ』と言われても、量が入っていかないことでした。水でも何でも、食べたり飲んだりしたいんだけれど、喉(のど)の奥に入っていかなくて、戻してしまうんです。勢いよく飲んだ液体が、鼻から出てしまったこともあり、それがつらかったですね。手術前に52kgあった体重は10kg近く落ちてしまいました」

それでも術後2週間ほどすると、1日5~7回に分けて少量ずつではあるが、次第にある程度の量の食事もできるようになっていった。

そしてもう1つ、中牟田さんを悩ませたのが、手術後に続いた咳(せき)だった。

「懸念された声へのダメージは、徐々に戻っていったのですが、術後しばらく続く咳には相当苦しみました。手術の後遺症と言われたのですが、咳が続いて、まともに話ができないほどでした。医師にどれくらい咳は続くものなのか尋ねたところ、『3カ月から、場合によっては半年くらい続くかもしれません』と言われて……。これでは仕事に戻れないじゃないかと落ち込みました」

予定通り、1月下旬に中牟田さんは退院したものの、咳のほうは一向に治まる気配はなかった。家で試しに歌ってみても、すぐに咳で歌えなくなり、こんな状態がずっと続くのではないかと不安になった。

術後に再入院して抗がん薬治療を実施

さらに追い打ちをかけるような事態が続く。治療はこれで終わったと思っていた中牟田さんに、医師から抗がん薬治療を行いたい旨、説明があったのだ。

「これでもう仕事に戻れると思ったのに……、本当にがっくりきました。退院後に病理検査の結果説明があったのですが、その際主治医から、『再発を防ぐため、念のために抗がん薬治療を行いたい』と言われたのです」

正直、受けたくない気持ちが強かった。だが、家族のことを考えると、「受けなければいけないのかな……と。やはり、できることはやっておこうと思いました」と中牟田さん。気持ちを切り替えた。

中牟田さんは、2月、3月と再度入院して、抗がん薬治療を受けることとなった。爪の変形や食欲不振などの副作用に見舞われたが、それも���とか乗り切り、予定していた治療は全て終了した。

7月の「海援隊トーク&ライブ」で見事復帰

復帰に向けて追い風が吹き始めたのは、術後3カ月が経過した4月中旬のことだ。

「あれだけ苦しめられた咳が、ある日、ふと出なくなったんです」

最大の障害が取り除かれたことに加え、体力も少しずつ回復してきたため、中牟田さんは5月に、博多座7月公演の「海援隊トーク&ライブ」から復帰することを決め、武田さんと千葉さんにそのことを伝えた。

7月11日に初日を迎えた博多座7月公演。オープニングのステージに立った中牟田さんは「武田、千葉の2人が(海援隊の)看板を掲げてくれていたので戻ってくることができました。ありがとうございました」と客席に向かって頭を下げた。

中牟田さんの復帰を祝して武田さんが選んだ曲は、14年の秋にリリースされた『そうだ病院へ行こう』だった。エスプリの効いた選曲に、客席は笑い声に包まれた。その後も中牟田さんは『恋文』と『思えば遠くへ来たもんだ』をリードボーカルとして1コーラスずつ披露して、声量が戻っていることをアピールした。

食道がん治療後、見事復帰を果たした中牟田さん。写真は今年(2016年)7月11日、治療復帰後、最初のステージとなった福岡・博多座の「海援隊トーク&ライブ」の様子

「体力は情けないくらい落ちているけど、再びステージで歌える高揚感のほうが勝っていたので、無性に嬉しかったですね」

食道がんが見つかってから間もなく1年になるが、中牟田さんの中には思いのほか回復に時間がかかったという気持ちがある。しかしその一方で、病気になったからこそ、気づいたこともあった。

「がんになって、色んなものが愛おしく見えたり、物事の価値とか大きさ、小ささが、輪郭としてはっきり見えるようになりました。それが嘘か本当かというより、そういう感覚にならないと、もしかして病気というものを乗り越えられなかったのかもしれません。ただ、そういった感覚も一時経つと忘れちゃったりするんですよね。そしてふとした瞬間に蘇ったりする。これまで当たり前のような存在であった家族を愛おしく感じる瞬間がある一方で、日々の忙しさの中でその大切さを忘れてしまったり……とその繰り返しです」

病気についても、今後はその経験をプラスに変えていきたいという思いが強い。

「こんなにつらい思いをしたのだから、マイナスにはしたくないでしょう(笑)。体の面ではマイナスだったけれど、違う部分でプラスとなるよう、一生懸命考えながらこれからやっていきたいですね」

現在はジムにも通い、体力回復に努めている中牟田さん。今後年末に向けて、全国各地でイベントやライブも開催される予定だ。ステージ上で弾ける中牟田さんの姿を、ファンも楽しみに待っている。

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