「助かった命」ではなく「もらった命」。これからが人生のスタートです 体に優しい前立腺がんのロボット手術を受けたタレント・稲川淳二さん

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2012年9月
更新:2018年9月

使わなくても気になる男性機能

稲川淳二さん

今年2月、稲川さんは東京医大病院に2週間の予定で入院した。

医師から手術前の説明を受けた際、ちょっと気になったのは性機能に関することだった。

「もともと、僕はそっちのほうは、あまり元気じゃないし、年も年なので、今さら、どうのこうのというのは無いんだけど、やっぱり寂しいじゃないですか。だから、そこのところは、ちゃんと聞いたんですが、ロボット手術は勃起神経を傷つけずにがんの部分を取り除くことが可能なので、術後、半年ぐらいすれば、ちゃんと機能が回復しますと言われ、ホッとしましたよ(笑)」

手術はロボット手術のエキスパートである医師が担当し、2時間ほどで終了した。

全身麻酔から覚めたあと、稲川さんは大きな手術を受けたような気がしなかった。

「管はいろいろ入っていましたが、自分の腹筋で上体を起こすことができましたし、まわりを見ても、血の痕跡がまったくないんです。術後はお腹に6つ穴が開いていて、2㎝幅ぐらいの紙のばんそうこうが6つ貼ってありました。それまで仕事で手術の現場を何度も見ていまして、手術後は血の跡があちこちに残っているイメージがあったんです。だからアレッと思いました。痛みもなく、手術の当日にもうすでに歩くこともできたので、医学の進歩って、すごいもんだと驚きました」

手術の翌日からは点滴ホルダーを押しながら、病院の中を歩き回ることが日課になり、あちこちを探検して回った。

「いつも一緒なので、点滴ホルダーに『小太郎』という名前を付けて歩き回っていました。どこかに出かけるときも『おい、小太郎、行くぞ!』と言って声をかけてましたよ(笑)」

勘違いをして……

入院中は、昼はいろいろ人が来てくれるうえ、書き仕事をこなしていたので、退屈はしなかった。しかし夜はやることがない。稲川さんは、ナースステーションに行って、毎晩のように若い看護師さんたちに怪談をサービスした。

「皆さん、『ひゃー、コワ~い。鳥肌が立っちゃいました~』なんて言っていましたよ。でも、逆に師長さんのほうが、怖い体験をしていて、私に鳥肌が立つような話をするんですよ。逆にこっちが肝を冷やしちゃいましたね。今の看護師さんはみんな明るくて、楽しい。私を担当してくれたのは吉田さんという娘ぐらいの看護師さんでね、いつも血圧とかをはかりに来てくれるときに、手をあげて挨拶をするんですよ。『吉田です』って。だからこっちも『はい、稲川です』って、毎回毎回お互い挨拶しあっていました」

前立���がんだと、場所が場所だけに、若い看護師さんに対して羞恥心などはなかったのだろうか?

「それはありませんでしたね。手術をする前に、先に毛を剃っておいたほうがいいと思ったんで、カミソリを使ってきれいに剃ったんです。それで吉田さんにカーテンを閉めて『すみませんね、こんなもんでいいでしょうか?』って、見てもらったら、『きれいに剃れてますけど……』って、彼女が口ごもるんです。あれ、おかしなことしたかなぁ、と思ったら、『手術で穴をあけるのはおへそのほうなんで』って言われてしまいましてね(笑)。私はてっきり前立腺だというから、下の毛を剃らなきゃいけないと思ったんだけど、違ってたんですね」

この話には周囲も思わず笑ってしまった。

助かった命でなく、もらった命

この先10~15年何ができるか、ここからがスタートです

がんを機に、ものの考え方が変わったと話す稲川さん。「この先10~15年何ができるか、ここからがスタートです」

術後の経過は順調で、稲川さんは予定通り2週間の入院ののち、怪談を満喫した看護師さんたちに送られて退院の運びとなった。

ホルモン療法を受ける必要がないと判断されたため、稲川さんは退院後の体調も良好で、我々が取材に訪れた6月下旬、翌月に迫った「怪談ナイト」の全国ツアーに向け、気合が入っていた。

最後に前立腺がんを経験して、得たものは何かと尋ねると、間を置かずに淀みのない答えが返ってきた。

「がんの手術を経て思うことは、『助かった命』ではなく『もらった命』なんだな、ということ。60歳を過ぎて折り返し地点が見えてきた今、人生を逆算して考えるようになったんです。するとこの先、現役でいられるのはあと10~15年。では、この『もらった命』をこの先どう使おうか。これをスタートにして、何か少しでも皆さんの役に立つことができたら、と考えています」

MYSTERY NIGHT TOUR 2012稲川淳二の怪談ナイト

MYSTERY NIGHT TOUR 2012稲川淳二の怪談ナイト
料金は各地によって異なる(4000円から)。
チケット購入など、詳しくは http://www.inagawa-kaidan.com/ まで

がんにならなかったら、そういった考えにも至らなかったと話す稲川さん。

それと同時に、今回の病気を機に強く感じたのは仲間の存在だったとも話す。

「僕の場合、まったくと言っていいほど命に別状のないがんでしたが、がんになってこれだけ心配してくれる人が周りにいてくれる、これだけ迷惑をかけるんだなぁ、と強く実感しました。人生って、ファンの方も含めて仲間がいるからできることってあると思うんです。だからこそ、今年20年目を迎える『怪談ナイト』も、一緒にやってきた仲間がいなかったらできていなかった。本当に感謝しています」

93年からスタートして観客動員数は35万人を突破した「怪談ナイト」。今年は、さらにパワーアップした稲川さんの怪談話が期待できそうだ。


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