ザ・ワイルドワンズは「ワイルドがんズ」になって、ますます元気です 胃がんを克服し、新たなサウンドを奏で続けるザ・ワイルドワンズの鳥塚しげきさん

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2012年7月
更新:2019年7月

体重をなんとかもとに戻そうと

復帰に向けての試運転は、2月末に行われた、ザ・ワイルドワンズのライブだった。

「ワンズは月に1回、加瀬さんが経営している『ケネディハウス銀座』でライブをやっているんですが、そこで1曲だけ『想い出の渚』をやったんです。ただ、満足に歌えませんでしたね」

術後5カ月が経過した6月になっても、声は期待したほどには回復せず、CDレコーディングの際には、どうやっても高い「ミ」の音が出せなくて落胆したこともあった。

それでも夏が終わり、秋風が吹き始めるころには、声量、音質とも以前のレベルに戻ったので、それからはボーカルとしてフルに機能するようになった。

そしてもう1つ、困ったことが、術後の体重減少だった。

「術後は点滴栄養が中心になりますから、体重が56㎏から47㎏に減りました。ワイルドワンズは夏になると忙しくなるので、それまでにもとの体重に近づけたいと思って、ハイカロリーで消化のいいものを無理やりでも食べようとしたんですけど、食べられないんですよね……。胃の大半を失っていますから。

食事も、1時間くらいかけて、ようやく1食食べる感じでした。1番情けなかったのは、行きつけの寿司屋に行っても1貫をひと口で食べられなかったことです。なので、お店の人にいって、半分にしてもらったり、かんぴょう巻きも、ものすごく小さく切ってもらったりして、食べていました」

術後の後遺症には悩まされず

鳥塚しげきさん

胃がんの開腹手術を受けたあとは、ダンピング症候群()、貧血、逆流性食道炎などの後遺症が高い頻度で起きるが、鳥塚さんの場合はどうだったのだろう?

「加瀬さんが食道がんの手術のあと、ダンピング症候群になったと聞いていたので覚悟はしていたんですが、とくに出ませんでした。これはラッキーでしたね。逆流性食道炎や貧血に悩まされることもなかったので、細かなケアをしてくれた主治医のS先生には、本当に感謝しています」

多忙だった芸能人ががんになると、精神的に落ち込むケースが少なくないが、鳥塚さんの場合はどうだったのだろう?

「それは、まったくありませんでした。家族や実家のサポートがありましたし、友人・仲間が入れかわり立ちかわりお見舞いに来てくれましたから。同室の人が同世代の話の合う人だったのもよかったですね。病院食は塩気が足りないじゃないですか。彼も同じ不満を抱えていたので、『味、足りないよね』といって、2人でタクシーに乗ってスーパーでふりかけと梅干を買って、薄味を補っていました。それに個人病院ならではのアットホームな雰��気もぼくには合っていました。主治医のS先生は、休みの日でも様子を見に来てくれましたし、看護師さんたちも本当によくしていただきました。夜中にナースコールを押して呼んだらすぐに来てくれたし、『痛い』というと、鎮痛剤を出してくれるなど、すぐに対応してくれました。本当に病院の方には感謝しています」

ダンピング症候群=胃切除後、消化物が急に腸に入るようになったために血糖値の調整などがうまくいかず、動悸、めまいなどの症状が起こること

加瀬邦彦さんの存在が支えに

しかし、なんといっても最大のサポーター役を果たしてくれたのは、ザ・ワイルドワンズのリーダーであり、かつ、がんの先輩でもある加瀬邦彦さんだった。

「仕事のことを心配せずにがんと向き合えたのは加瀬さんのおかげだし、彼は、忙しい合間をぬって3日に1度くらいのペースでお見舞いにも来て、精神的にも大きな支えになってくれました。『仕事は何も心配いらないよ。大丈夫だから、回復したら参加すればいいから』といってくれましたし、病気に関しても、『絶対俺みたいに、元気になって、戻ってこられるから』と、勇気づけてくれました」

食道がんという、一般的に難しい部類に入るがんを克服した加瀬さんの言葉だからこそ、余計説得力があったといえるだろう。

俺たちはワイルドがんズだ!

結成46周年目を迎えたザ・ワイルドワンズは今年2月、他に類を見ないグループとなった。94年に食道がんが見つかった加瀬さん(71歳)を筆頭に、02年には鳥塚さん(65歳、ギター)が胃がんに、07年にドラムスの植田芳暁さん(64歳)が大腸がん、そして今年2月にはベースの島英二さん(64歳)も胃がんとなり、全員ががん経験者になったのである。

加瀬さん、鳥塚さんという、良きがんの先輩を持った植田さんは腹腔鏡、島さんは内視鏡による切除で対処できたため、体に大きなダメージはなく、ザ・ワイルドワンズは結成から46年を迎える今日も、年間80~100回のスケジュールをこなし、歌、踊り、トークで熟年ファンを魅了している。

「彼らも、がんが見つかったときは、かなりショックを受けていた様子でしたけど、ぼくと加瀬さんが、『俺たちは腹を切ったけど、内視鏡だろ?大丈夫、大丈夫、何も問題ないよ』って元気づけたら、明るい顔になって、がんなんかに負けるもんかという気になっていました。植田君は術後1週間で退院して4日後にはステージに立っていたし、島君も胃に2つ見つかったがんを内視鏡で取って、退院後何日もしないうちに、ステージに立ち、復帰しました」

メンバー全員ががん経験者というザ・ワイルドワンズ

メンバー全員ががん経験者というザ・ワイルドワンズ。「僕たちを通して、『がんになっても復帰して、もとの生活を送れるんだ』と、皆さんを元気づけられればと思っています」と鳥塚さん

全員が早期発見を実現し、現役バリバリでやっているだけに、がんに対するイメージも、陰鬱な暗さは見られない。

「今年2月に島君が、早期の胃がんを告知されたあと、すぐ加瀬さんに報告したんですが、加瀬さんはこんなメデタイことはないという感じで、『そうか。おまえ、よくやったな。これで、俺たちはワイルドがんズだ!』といって、興奮していました(笑)」

ザ・ワイルドワンズ、いや、ザ・ワイルドがんズは、がんの模範生の集団といっても過言ではない。2人に1人ががんになる時代、早期に発見して治療をし、社会復帰することは大きなテーマになっている。ザ・ワイルドワンズの面々は、まさにそのシンボルとでもいえるだろう。

「僕たちを通して、『がんになっても治るんだ!』『がんになっても復帰して、もとの生活を送れるんだ』と、皆さんを元気づけられればと思っています。それが、ワイルドワンズの新たな役割かもしれません」

いつまでも潮風の香りがする開放的なサウンドで、世の中を明るくする万年青年でいていただきたい。


1 2

同じカテゴリーの最新記事