体に負担が少ない胃がんの縮小手術に巡り合った写真家・関口照生さん 納得のいく手術法を探し求めたからこそ、今の自分がいるんです

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2012年3月
更新:2019年7月

希望する治療に巡り合う

納得する治療に巡り合うまで、安易に妥協しなかったことは正解だったと話す関口さん

納得する治療に巡り合うまで、安易に妥協しなかったことは正解だったと話す関口さん

関口さんはA医師を訪ねると、どのような手術を希望しているか伝えた。それを聞いたA医師は、胃をできるだけ残す縮小手術法を提案した。

それは、センチネルリンパ節生検と術中の病理診断を組み合わせた手術法で、術中にセンチネルリンパ節に転移していないかを確認し、転移がなければリンパ節の切除を省略するか最小限にとどめ、また胃の切除に関しても、最小限にとどめるものだった。

この手術法の利点は、標準手術と比較するとよくわかる。

標準手術では、胃の3分の2の切除と転移の可能性があるリンパ節の広範囲な切除がセットになっている。そのため、術後にダンピング症候群()や、消化吸収不良、逆流性食道炎()などの胃切除後症候群などのつらい症状が高い頻度で出る。関口さんが恐れていたのはまさにそれだった。

それに対して新しい手術法は、胃とリンパ節の切除を最小限にとどめるため、それらの症状を大幅に軽減することが可能で、関口さんが希望する「部分切除に近いもの」と言ってよかった。

「胃も、リンパ節もなるべく取りたくないと思っていましたから、『そりゃあ、いいじゃないですか。それでお願いします』と伝えました。自分が希望する治療法に近かったので、本当にラッキーだと思いましたね」

関口さんが胃の噴門部と幽門部を残すことを希望していたので、切除方式に関してA医師は、ダルマ落としのように真っすぐ輪切りにする方法を提案した。

「ぼくは胃の上と下が生き別れになると、縫合したあと胃の機能が低下すると思ったので、一部をつなげたまま切る方法で、手術できないものかと考えたのです。そしたら、それをやると凸凹ができてそこに物が溜まるるので、かえって危険だと言われたので、ダルマ落とし方式でやってもらうことにしました」

2002年のゴールデンウィーク明け、関口さんは手術を受けた。

「A医師は能力が高いだけでなく、人柄も大変いい方なので信頼しきっていました。麻酔が効いてくる中で、このまま意識が戻らなくても幸せだと思ったくらいです」

患者がそのような思いをいだいているときは、すべてがうまく運ぶものである。手術中に行われたセンチネルリンパ節生検の結果、リンパ節への転移は認められなかったため、手術はスムーズに行われ、予定通り終了した。

ダンピング症候群=胃切除手術を受けた人にみられる胃切除後症候群で、炭水化��が急速に小腸に入るために起こる。突然の脱力感、冷汗、倦怠感、めまい、手や指の震えなどの症状が起こる
逆流性食道炎=胃酸が食道へ逆流して食道粘膜に炎症が起きること。主な症状としては、胸やけ、のどの違和感(イガイガ)、ゲップ、胃が重苦しいなどがある

術後1年後にはモロッコに

術後1年後にモロッコで

術後1年後にモロッコで。「1年後、家で仕事はできても、仕事でモロッコに行くなど夢のまた夢だったと思います」と関口さん

術後の経過はどうだったのだろう。

縮小手術とはいえ、お腹を開けて胃の真ん中を輪切りにしたわけだから、それなりのダメージがあったことは想像に難くない。

「胃の消化吸収能力が落ちて、なかなか内容物が出ていかなくなりました。逆流も多少ありました。吐くまではいかなかったけど、喉のあたりまで上がってきて、よく気持ち悪くなった記憶があります。体重も8キロ減りました。標準手術に比べればたいした減り方ではありませんが、その程度の体重減少はありました」

それでもカメラマンとして活動するうえで、大きな障害になるようなものはなかったので、関口さんは徐々に仕事を増やしていった。手術の1年後には、モロッコにも出かけている。食事制限はあったはずだが、どうしていたのだろう?

「モロッコでは、日本から持っていったおにぎりを食べていました。あそこにはタジンという今では日本でもポピュラーになった肉と野菜を煮込んだ料理があるんですが、それがおかずでした。

ダメージが大きい標準手術を受けていたら、1年後は家で仕事はできても、仕事でモロッコにいくことなど夢のまた夢だったと思います。最良の手術法を探し求めて、本当によかったと思いました」

がんが教えてくれた自分がやるべき仕事

関口さんが撮ったブータンの様子

関口さんが撮ったブータンの様子(「幸福の国ブータン」ポストカードより)。現在は、日本人にあまり知られていない国に行って、その風土の中で根づいて生きている人々の笑顔を撮ることを自分のテーマに設定しているという

最後に、がんに教えられたことは何かと尋ねると、間をおかずに明快な答えが返ってきた。

「命が限りあるものだということを教えられました。それで自分が1番楽しい仕事、生きがいを感じられることをまっとうしたいと思うようになりましたね。10年くらい前にテレビのコメンテーターを頼まれて、ちょっとのつもりでやるようになったんですが、どんどんそちらの方面の仕事が増えていって、写真の仕事がなかなかできない時期があったんです。ただ、がんを機にそれを少しずつ減らしていって、3年前にテレビの仕事をすべてやめました。

その一方で、日本人にあまり知られていない国々に行って写真を撮るようになりましたね。ミャンマー、キューバ、ブータンなどです。その風土の中で根づいて生きる人々の笑顔を撮ることを自分のテーマに設定したんです」

このライフワークをやり抜く上で、大いに役立っているのが元気な胃だ。

「見知らぬ土地で外国人が人を主体にした写真を撮る場合、何よりも肝心なのは、土地の人たちに親近感を持たれることです。それには、みんなと同じものを食べ、同じものを飲むのが1番なんです。そうすれば、みんな心を開いてくれます。ぼくらが小さいころ、刺身をうまそうに食べる外国人を見ると親近感がわいたものですが、それと同じことです。ただ、それには丈夫な胃がないといけない。ぼくには今それがあるから、どんなものでも食べられるんです。

もし、何も考えずに胃を大きく切っていたら、そんなことはとてもできなかったかもしれません。その意味で、縮小手術を提案してくれたA医師には感謝してもしきれない気持ちですし、A医師に巡り合うまで安易に妥協しなかったことも、正解だったと思います。人任せだけではダメなんです」

これから行ってみたい国はまだまだたくさんあると語る関口さん。2年後、3年後に、どの国のどんな写真を見せてくれるのか、興味は尽きない。


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