「絶対復帰する」その言葉を胸に、1歩1歩前へ 骨肉腫と闘うJリーグ・大宮アルディージャの塚本泰史さん
手術で人工関節を入れる

3月8日にがん研有明病院に入院した塚本さんは10日、手術を受けた。
手術ではまず、がんの病巣がある大腿骨の下部と膝の関節、その周辺の筋肉、靭帯などが切除され、そのあとに人工関節(人工骨)を使った置換術が行われ、5時間ほどで終了した。
「麻酔から覚めたあと、おそるおそる右足に触ってみたけど自分の足のようじゃなかったですね。人工骨は重さが2キロくらいあるので、その重みで右足は外を向いちゃっていました」
この手術を受けた患者は通常、術後2日目から膝関節の可動域を広げる訓練に入り、3日目から車椅子移動を始めるが、塚本さんはこの2つを手術の翌日から開始した。
「病室にはチームの選手・スタッフから贈られた千羽鶴やユニフォーム、サポーターから送られたプレゼントなんかがあって、大きな力をもらっている気がしました。僕と同じ手術を受けた人で、術後1日目から車椅子に乗った患者はこれまでいなかったそうで、お医者さんや看護師さんは驚いていましたね」
その後の回復も順調だったため、塚本さんは3月の彼岸過ぎに退院の運びとなった。
しかし、これで終わったわけではない。このあと再入院して抗がん剤治療を受けなければならなかった。
スケジュールは2カ月を1クールとして6回、12カ月行われた。使用されたのは副作用が強いことで知られる薬剤である。
「抗がん剤については、インターネットで情報を調べたりせず、まあ大丈夫だろうというくらいの気持ちだったんですが……。強い副作用が出て、結構つらかったですね」
1回目の投与が終わったあと塚本さんは、言いようのないだるさや気持ち悪さに襲われ、吐き気、便秘などにも悩まされるようになった。それが治まったあと、今度は髪の毛が抜けてきた。
「1回目の投与で10日ほど入院したんですが、脱毛が始まったのは退院して1週間ぐらいたったころでした。朝起きたら、枕に髪が大量についていてビックリしました。そのあと風呂で髪を洗ったら大量に抜け落ちました。あれはちょっと衝撃的でしたね(笑)」
2クール目は副作用がさらに強くなり、やめたいという衝動に駆られたこともあったが、3クール目は2クール目ほどつらくはなかった。当初、医師からは3クールで抗がん剤治療を終了すると伝えられていたからだ。
このとき塚本さんは、副作用に耐えながら、白血球の数が正常値に戻ったら軽い運動を始めるつもりでいた。
しか���、その願いは結局叶えられなかった。主治医から、再発のリスクをより少なくするため、もう3クール、抗がん剤治療を受けるように勧められたのだ。
「もう3クールやらないかと勧められたとき、『無理。絶対にイヤだ』と言いました。もう副作用に苦しむのは、ごめんでしたから。でも、まわりの人たちに、つらくてももう少し頑張ってみろという感じで説得されたので、受けることにしたんです」
結局塚本さんは、さらに6カ月間、きつい治療を行うことになった。
本格的なリハビリを開始

©1998.N.O.ARDIJA
抗がん剤治療を受ける一方で、塚本さんはリハビリにも意欲的に取り組んだが、人工骨が入った右足は、自分の足でありながら、思うように動いてくれなかった。
「大腿骨だけでなく、手術では大腿の外側の筋肉も切除しているんです。メインの筋肉は残っていますが、これも靭帯を切除しているので、意のままに動かなくなり、最初のころはバタッと倒れたこともありました。つい最近まで、ピッチを走り回っていたので、信じられなかったです。杖はなるべく1本杖を使うようにしていました。楽なのは松葉杖なんですが、右足をまったく使わなくなるので、これじゃあいけないと、1本杖を使っていました。杖がなくても何とか歩けるようになったのは術後半年くらいです」
それでも抗がん剤治療が終わった昨年12月の段階では、「普通に歩くこともできないし、階段の上り下りもしづらい」というレベルだった。これでは契約更新などとても望めないが、所属している大宮アルディージャは、塚本さんを支えるため2011年度も契約することを発表、塚本さんと塚本さんに心を寄せる全国のファンを喜ばせた。
「プロの世界はケガでだめになった選手が消えるのは当たり前。普通ならクビなのに契約してもらってチームには本当に感謝しています」
同病の少女と交わした約束

契約後、塚本さんは本格的なリハビリを開始した。内容は筋力トレーニングと自転車こぎが中心で、時間は1時間半ぐらいだという。夏場に入ってからはクラブハウスの外のパーキングに自転車を置いてトレーニングや歩行練習に励んでおり、1日でも早くファンの前に立てるよう、トレーニングに励んでいる。
塚本さんは足の骨のがんになって多くのものを失った……。だが、その反面、がんとの闘いで知り得たものがたくさんある。
親や兄姉の優しさ、チームメートの温かみ、チームのフロント・スタッフやチームドクターの献身、チームの垣根を越えたサポーターの心を震わせるエール、そして、同じ病気に苦しむ患者仲間からの心にしみる励まし……。これらが塚本さんに心のエネルギーを与えているのは、疑問の余地のないところだ。
しかも塚本さんは天国からも、心のエネルギーをもらっている。
「頑張ろうと思う理由はもう1つあるんです。一緒に入院していた女の子に誓ったんです。絶対復帰するって。その子は同じ病気だったんですが、今年の冬に亡くなってしまいました。高校生の女の子でした。……だから、裏切ることはできないんです」
現実を見れば、復帰に向けた道のりはまだ遠い。
それでも塚本さんは言う。
「1日1日、1歩1歩頑張ります」
夢が夢で終わらぬことを祈りたい。
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