家族がいたから、病気という高い壁を乗り越えることができました 術後9年──胃がんを克服した元チェッカーズの髙杢禎彦さん
がんが心を直してくれた

しかし、こうした相手を思いやることができなかった状態も、奥さんにがんの疑いが浮上したことがきっかけで、ピリオドが打たれた。
「久留米に帰ったとき、女房が僕の知り合いのお医者さんのところでPET検査を受けたら、『ちょっとのどの部分に影が見えるから東京の病院で詳しい検査を受けたほうがいい』って言われたんです。3年前と立場が逆になって僕が彼女のことを心配する側になったんだけど、そのとき、もし彼女ががんと言われたら、彼女が僕のがんがわかったときに言ってくれたように『何かあったら、俺はお前と一緒に死ぬから大丈夫だよ』と言えるだろうか……、と思いました。そのときですね。初めて彼女の本当の想いがわかったのは。それ以来です。まわりの人の気持ちが、わかるようになりました。今思えば、がんが身内を使って僕の心を直してくれたような気がします」
結局、PET検査で奥さんの体に見えた影も、手術でがんではないことがわかり、髙杢さんにとっては最良の結果になった。
今でも起こるダンピング症候群

胃がんは手術後、ダンピング症候群(*)、貧血などさまざまな後遺症にも悩まされることが多いが、髙杢さんの場合はどうだったのだろう。
「実は父も胃がんになって胃の3分の2を摘出する手術を受けているんです。父は手術後、ずっと食の細い状態が続いて貧血に悩まされ、焼酎の水割りをちびちびやって栄養補給をしていましたから、そうなったら嫌だなという気持ちはありました。僕の場合、貧血は大丈夫でしたがダンピング症候群には悩まされました。これが出ると真冬でも脂汗が出て、手の震えが止まらなくなるので、初めのうちはりました。でも、ダンピング症候群が出る前にやたら食べたくなることがわかったんで、それからはその兆候が出るとすぐに糖分を補給してコントロールできるようになりました」
退院後は定期的に検診を受けていたが、再発の兆候も見られないまま術後9年が経過した。ダンピング症候群は、今もときどき出るので、バッグのなかには必ず飴玉が入っているし、車を運転するときも缶コーヒーが欠かせない。また、好物の麺類があると、つい昔の感覚で食べ過ぎてしまうので消化剤は欠かせないという。
*ダンピング症候群=胃切除手術を受けた人にみられる胃切除後症候群で、炭水化物が急速に小腸に流入するために起こるもの。突然の脱力感、冷汗、倦怠感、めまい、手や指の震えなどの症状が起こる
家族の大切さを改めて知った
髙杢さんの口からは、話すたびに「家族」という言葉がよく聞かれる。髙杢さんにとって「家族」とは、一体どういう存在なのだろう?

「もし、全くの1人だったら、人は働く気にもならないし、食べる気にもならないと思うんです。家族がいるからこそ稼ぐ気にもなるし、家族の存在が活力にもなる。人って、本当に1人だと、生きようと思えなくなるんじゃないかな。がんになる前は、家族のこととかで何かトラブルがあると『何でこうなるの?』って思っていたけど、今はトラブルがあることが幸せ、『俺には心配する身内がいる』と思えるようになりました。生きた証じゃないけど、家族、仲間がいることが本当に生きがいだと感じます」
病気になったからこそ、家族のありがたさ、仲間の大切さを知ったという髙杢さん。今後は、そのことを子供たちにも伝えていきたいと話す。
「講演会に行くと、小学生、中学生なんかに話すんです。『お前ら1人じゃないんだよ』と。『おじちゃんは、病気をして、自分1人じゃ乗り越えられない壁があったときに、家族が支えてくれた。そしたらその壁を乗り越えることができたんだよ』って。だから子供たちにも、自分1人の力だけで乗り越えろとは言わない。親、先生、友達もいる。そういう人達の力を借りてどんな壁でもいいから乗り越えろと言っています」
今後は、チェッカーズ解散後初となるCD発売や映画の出演なども決まっているという髙杢さん。がんを経験したからこそ、自分にしかできないことがある──。髙杢さんの活動そのものが、がん患者さんに希望を与えるに違いない。
同じカテゴリーの最新記事
- 人生、悩み過ぎるには短すぎてもったいない 〝違いがわかる男〟宮本亞門が前立腺がんになって
- がん患者や家族に「マギーズ東京」のような施設を神奈川・藤沢に 乳がん発覚の恩人は健康バラエティTV番組 歌手・麻倉未希さん
- がん告知や余命を伝える運動をやってきたが、余命告知にいまは反対です がん教育の先頭に立ってきたがん専門医が膀胱がんになったとき 東京大学医学部附属病院放射線治療部門長・中川恵一さん
- 誰の命でもない自分の命だから、納得いく治療を受けたい 私はこうして中咽頭がんステージⅣから生還した 俳優・村野武範さん
- 死からの生還に感謝感謝の毎日です。 オプジーボと樹状細胞ワクチン併用で前立腺PSA値が劇的に下がる・富田秀夫さん(元・宮城リコー/山形リコー社長)
- がんと闘っていくには何かアクションを起こすこと 35歳で胆管がんステージⅣ、5年生存率3%の現実を突きつけられた男の逆転の発想・西口洋平さん
- 治療する側とされる側の懸け橋の役割を果たしたい 下行結腸がんⅢA期、上部直腸、肝転移を乗り越え走るオストメイト口腔外科医・山本悦秀さん
- 胃がんになったことで世界にチャレンジしたいと思うようになった 妻からのプレゼントでスキルス性胃がんが発見されたプロダーツプレイヤー・山田勇樹さん
- 大腸がんを患って、酒と恋愛を止めました 多彩な才能の持ち主の異色漫画家・内田春菊さんが大腸がんで人工肛門(ストーマ)になってわかったこと