慢性骨髄性白血病でグリベックの副作用に悩まされながらも作品を撮り続けている写真家・山岸伸さん 写真を撮っていると病気が治る気がするんです
うつ病にならないように意識して外へ
仕事に1番影響が出る副作用は目のむくみだという。
「視力が落ちているわけでもないんだけど、目がむくんで涙腺をつぶしているから、涙が変なところから出てくるんです。僕は目で仕事をしているでしょ。相手を見て仕事をしているんで、相手の体のことはわかるのに、自分の体のことはわからないというか、自分が自分じゃないというか……」
いつもだるさを感じているうえに、さまざまな副作用が出てくると、人間誰しも仕事がないときは家で寝ていたいと思うものだ。
しかし山岸さんはそれだけはしないよう心がけていた。
「医師からグリベックをやる前に副作用について説明を受けたんですが、副作用の中で1番悪いのは、うつ病になることだと自分で思ったんです。僕は1人暮らしですから精神作用は人より強く出ます。もし時間が空いたとき、家に閉じこもって寝転んでしまうと外に出たくなくなるし、人とも会いたくなくなるじゃないですか。そうなるとどんどん悪い方向にいって、うつ病になってしまうと思ったので、疲労感があっても意識して外に出るようにしていたんです。これは今も同じです。家に閉じこもらないよう、自分を戒めています」
じわじわと苦しめられる副作用のつらさ

このように副作用は耐えられないほどではないにしても、影響は決して小さくはなかった。それでも、思い煩うことがなかったのはグリベックがよく効いていたからだ。
グリベックの治療を開始したあと、白血病細胞の数はどんどん減少していき、やがて最先端の検査法で調べても白血病細胞は検出されなくなった。
しかし、これでゼロになったわけではなかった。慢性骨髄性白血病では、このような状態になっても完全に消失していないことが多いため、グリベックの服用をやめるとふたたび白血病細胞が現れ、増加することがよくある。そのため、グリベックは効果があるうちはいつまでも飲み続ける必要がある。
山岸さんも現在に至るまでグリベックを飲み続けており、肩から副作用という重い荷物を下ろせない状態が続いている。
「最近は胃がんで胃が半分になっても、それで終わるなら、副作用を背負い続ける今の状態よりもマシなのかなと思ったりもします。ほかのがんみたいに痛みはないけれど、それとは違った苦しみがあ��。この現状には耐え難いものがありますから」
タシグナに変更する時期なのか……
QOLを上げたいと願う山岸さんは、グリベックの量を減らせば、多少楽になるのではないかと思い、医師にそのことを話してみたが、医師の許可を得ることはできなかった。
しかし医師はグリベックに固執しているわけではなく、一昨年承認された新しい分子標的薬タシグナ(*)にスイッチすることも視野に入れているという。
「グリベックの副作用がつらいのなら、医師としては新しい薬に変えてもいいという考えなんです。新しい分子標的薬の効き目も熟知していて、先日僕が『今、新規の患者で僕が入院したとしたら、先生は何を使いますか』と聞いたら『躊躇なくタシグナを使うでしょうね』と言ってました。グリベックを飲み始めて3年目。もうそろそろ効かなくなるかもしれない。僕としては、ここらで勝負しないといけないかなという気持ちでもいます」
とはいっても、もちろん不安はある。今、状態が安定しているときに薬を変えることで変な刺激を与えてしまうのではないか、後戻りできなくなってしまうのではないか……。しかしその一方で、副作用は徐々に強くなっているという現状──。だからこそ、山岸さんは「どこかで勝負しなければならない」という気持ちになっているのだろう。
「体調が一進一退なら、この夏に薬をタシグナに変えたいと思っています。ただまあ、流れに身を任せていくしかないですよ。病気に逆らっていくことはできませんから」
*タシグナ=一般名ニロチニブ
最近になって発覚した新たな難病
がんがわかってから、山岸さんはこれまで撮ってきた写真の整理を始めたという。
「30年間写真を撮ってきたので、その落とし前をつけていかないと、と思って……。この2年半は、自分がやってきた仕事の後始末に没頭しています。生きているうちに何かを残しておかないと。何もなくなるのはさみしいじゃないですか」
そんな山岸さんだが、最近になって新たな病気が発覚した。それは、「黄色靭帯骨化症」といって、背骨を支える靭帯が厚くなり骨化して、脊髄の神経を圧迫してしまう病気。難病にも指定されているという。
「4カ月ぐらい前からお腹のあたりが痛くてね。いろいろ検査をしたけれど、何ともないと言われて……。だけどやっぱり痛むからMRIを受けたら、この病気が見つかりました。靭帯が石みたいに硬くなって、脊髄の神経を圧迫して、それで痛みが出ているみたいなんです。医者には、足がしびれたり、痛みが出だしたら、手術してその部分を取り除くしかないと言われています。ただ、神経が集中していて、シビアなところだから……。取りあえず、今は痛みが出てきたらステロイド剤を飲みなさいと言われています」
白血病になっていなかったら、この病気を知って驚いて飛び上がっていたかもしれない──。山岸さんは自身を「病気のデパート」と評して、笑って答えた。
山岸伸にとって写真を撮ることとは?

「写真がなくては生きていけない」
そう答える山岸さん。写真家山岸伸にとって、写真を撮るということは、一体どういうことなのだろうか。
「僕はね、写真を撮っていると、病気が治る気がするんです。僕らはカメラを持つと『アッ、きれい』と思うものに集中するじゃないですか。シャッターを押す瞬間、『グーッ』と体のエネルギーが盛り上がってくる。狙った瞬間、ファインダーを通して見た瞬間、体の中の何かが盛り上がって熱くなって、すごく興奮するんです。それが病気を抑えてくれる感じがするんです。目できれいなものを見て、きれいなものの匂いをかいで、写真に焼き付ける。これはすごく体にいい。今までビジネスとして写真を撮ってきたんだけど、病気になって初めて写真を撮る喜びみたいなものを知った気がします」
山岸さんは女性の美しさを最大限引き出す写真家というイメージが強いが、最近は創作人形の美しさや伝統家屋の様式美に魅せられ、時間の許す限り、それらの撮影にもエネルギーを傾けている。
その一瞬、一瞬を逃さない、山岸さんの内に秘めるパワーが、これまでとはまた違った、新たな写真を生み出していっているのではないだろうか。
山岸伸写真展「瞬間の顔」VOL.4 開催!
東京
日時:2011年11月17日(木)~11月30日(水)10時~18時(最終日15時まで)
場所:オリンパスギャラリー東京(神田小川町交差点そば)
大阪
日時:2012年1月26日(木)~2月8日(水)10時~18時(最終日15時まで)
場所:オリンパスギャラリー大阪(四つ橋本町駅22、23番出口)
*入場無料、ともに日祝日休館
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