乳がんになって、改めてオッパイの持つ大きな価値に気づかされました 「あげ乳」経験のある林家一門のおかみさん・海老名香葉子さんの乳がん顛末記――
しっかりとされた痛みのケア
早期のがんと言われても、手術を受けるとなれば、かなり苦しむのではないかと不安になる人も多いが、香葉子さんははじめから自分はそう苦しむことはないだろうと楽観していた。
「考えが変わったんです。がんと聞いたときは神様はなんてことをするんだろうと思いましたが、3人に1人ががんになる時代だから、なったことは仕方がない。でも人様の役にも立った、よく働いたオッパイなんだから、神様は苦しませるようなことはしないだろうって思うことにしたんです。そしたら、実際、そうなったんです」
入院は、5月28日。手術は、30日にN医師の執刀で行われた。
手術は無事終了し、その後の経過も順調だったので予定通り6月1日に退院した。
本来痛がり屋である香葉子さんに何よりも幸いしたのは、痛みのケアがしっかりなされていたことだ。手術の8日目に鹿児島に飛んで2カ所で講演を行っているが、すこぶる元気で、香葉子さんが「私、実は8日前に乳がんの手術を受けたんです」と言ったら、会場からエーッと大きな驚きの声があがったほどだった。
術後はがんの再発予防のため、まず放射線治療を受けることになった。
放射線照射は、25回。土日を除く毎日、S病院に通って5週間治療を受けなくてはならないが、香葉子さんは副作用に苦しめられることなく、1度も欠かさずに放射線治療を受けることができた。
「これといった副作用は出ませんでした。ただ、放射線治療を受けた日は疲れやすく、家に帰るとしばらくソファの上で横になっていましたので、これが軽い副作用だったと言えば、そうなのかもしれないけど、ちょうど夏の暑い盛りだったんで、自分ではそのせいだと思っていました」
家族内でテンヤワンヤの再発騒動

現在も大家族で暮らす。後ろ中央は、長男の正蔵さん
しかし、まったく波乱がなかったわけではない。それからしばらくして香葉子さんは、左の乳房に再びしこりのようなものができていることに気がついた。
再発を疑った香葉子さんは、その夜、帰宅した次男の三平さんをつかまえて、「ここに、またできちゃったの。おかしいと思わない? ちょっと触ってみて」と、手を取ってしこりのあるところに導いた。
恐る恐る触った三平さんの顔が、にわかに曇った。
「かあさん、これ大変だよ。また、再発したんだよ」
息子にそう言われた香葉子さんは、すぐに主治医のN医師に診てもらった。
しかし、それは単なる脂肪の塊でがんではなかった。
香葉子さんはホッ��胸をなでおろし、喜んだが、次に診察を受けたとき、もっと嬉しいことを聞かされた。
「N先生がニコニコしながら、『実は先日、ご次男の三平さんがこちらに見えまして、母の実際の病状はどうなんでしょうか? 再発したようなんで、もうステージ(病期)4まで進んでいるんじゃないですか? と、心配なさっていました』とおっしゃるんです。私は気がつかなかったんだけど、三平がしこりを触ったあと、『再発のようだ。余命いくばくもない』と、うち中が大騒ぎになって、三平が代表してN先生に本当の病状を聞きに行くことになったみたいなんですね。でもN先生が新しいしこりは再発ではないこと、ステージは早期で今のところ再発の兆候は見られないことなどを丁寧に説明してくださり、安心して帰ったようです」
東京・根岸の家には子供、嫁、孫のほかに、弟子も何人か住み込んでいる。しかも子供たちは、みんな母乳をたっぷり与えて育て、ひとかどの芸人になる手助けもしているので親子の絆の深さは核家族の比ではない。それを考えれば、家中が騒ぎになった様子は容易に察することができる。
「家に帰って次男に『内緒でN先生のところに行ったんだって?』と水を向けたら、『行ってよかったよ。N先生は日本一の乳がんの医者だから、あの先生にかかっていれば大丈夫だ』って言っていました。突然行ったのに、あの高名な先生が時間を割いてくれて、素人くさい質問にも丁寧に答えてくださったことに、とても感激したみたいです」
変えなかった食生活

しかし、感激がもっと大きかったのは香葉子さんのほうだ。
N医師から、三平さんが尋ねてきた話を聞かされたときの心境を尋ねるとパッと顔がほころんだ。
「ふだん、私の前では口に出さないけど、みんな心配してたんだって思いました。次男はちゃんと背広を着てネクタイをして、先生のところに行ったそうです。ということは、朝から時間を空けて行ってくれたわけじゃないですか。有り難かったですね」
次男の三平さんは、昨年全国各地で襲名披露興行があり、テレビのほうも人気時代劇『水戸黄門』にちゃっかり八兵衛役でレギュラー出演が決まった。これらを考えればかなり多忙な時期だったと思われるが、その中で時間を空けてS病院に行ってくれたのだから香葉子さんが感激するのも無理ならぬことだ。「新しいしこり発見」は、このように望外の産物を残して何事もなく治まっている。
現在、香葉子さんは放射線治療のあとに始まったホルモン療法を継続中で、抗エストロゲン剤のフェアストン(一般名トレミファン)を毎日服用しているが、こちらのほうも多少ほてりを感じることがあるくらいでほとんど副作用はないという。
食生活に関しては、一切変えていない。江戸の昔から下町の庶民が食べてきたものが1番いい、という強い信念があるからだ。
「東京は味が濃いという人がいますが、あの濃さがいいんですよ。ピリッと働ける濃さなんです。昨日、うちに来た子(弟子)たちが、ちょっとしまりのない顔してるんで『あんたたち、ちょっとこれ食べていきなさい』って自分で漬けた梅干を食べさせてあげたんです。毎年石川県の方から送っていただいた梅を、大きな甕にたくさん漬けるのでいっぱいあるんです。
それと伝統的な食事は全部が全部、塩辛いわけじゃない。四季折々の新鮮なものは、その味を生かした食べ方をするのでバランスがいいんです。昔は、成人病になる人が今ほど多くなかったですよ」
がんになって知るオッパイの値打ち
伝統的な江戸の味が持つ価値を強調する香葉子さんだが、それ以上に強調するのは母乳の持つ価値の大きさである。
「やっぱり、自分のオッパイをあげて育てれば孝行しますよ。母乳で育てることには、いろんな見えないよさがあるんです。子育ての面でね。私は政府の教育再生会議委員を務めていましたので、親子関係が希薄になっているということに人一倍関心があるんですが、情の通いあいは、まず自分のオッパイを吸わせることから始まるんです。今の若いお母さんは、母乳をやらなさすぎです。形が崩れるとか、美容に悪いとか、理由はいろいろあるみたいだけど……。『あんた、親子の情と、スタイルとどっちが大事なの?』って言ってやりたいですよ。
まさかこの歳になって乳がんになるとは思わなかったけど、いろいろいいこともあって、改めてオッパイの持つ大きな価値がわかったので、がんに感謝したいくらいです」
次男の三平さんがお母さんの胸のしこりを再発と思いこんで羽織袴の高座姿から背広ネクタイに着替えて名医を訪ねるくだりなどは、人情ものの古典落語の1節のようだ。
このようないい話が聞けるのも、香葉子さんの偉大なオッパイがもたらした愛の力、に他ならない。
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