自分がキレイになると、まわりの反応が違うんです 自らの抗がん剤体験をベースに、女ざかりの乳がん患者がキレイでいるためのバイブルを作った美容ジャーナリスト・山崎多賀子さん

取材・文:吉田健城
発行:2008年5月
更新:2018年9月

抗がん剤、仕事、バレーボールの三位一体

写真:副作用が出ないときは趣味のバレーボールを楽しんだ
副作用が出ないときは
趣味のバレーボールを楽しんだ

写真:講演後、メイクアップの仕方を実演する山崎さん
講演後、メイクアップの仕方を実演する山崎さん

気になる副作用だが、どうだったのだろう。

「体に毒を入れるわけですから、ある程度のことは覚悟していたんですが、タキソールは副作用が思ったより軽く済みました。
髪の毛は抜けましたけど、それ以外では胃腸の調子が悪くなったのと、鼻血、むくみ、ちょっと味覚障害が出たくらいです。術後2カ月半から再開していた趣味のバレーボールは、抗がん剤中も体調が良いときは続けました。はじめは体がなまるのを防ぐため、球拾いぐらいにしておこうと思ったんですが、やってみたら意外に普通にできたんで、試合にも出て、普通にプレーしていましたね(笑)。
帽子を被ってやったんですが、まわりの視線が気になるようなことはあまりなかったですね。
今は室内で帽子を被る人がたくさんいるからファッションでやっていると思ってくれたみたいで(笑)」

後半になって抗がん剤が5-FU、エンドキサン(一般名シクロホスファミド)とアントラサイクリン系の赤色の抗がん剤、ファルモルビシンの併用に変わると、吐き気に悩まされるようになり、むくみがひどくなったという。

しかし、これも彼女にとっては想定内のことだったので3週間ごとにやってくる投与の日から5日目くらいまでは、自宅でおとなしくしていて、それが過ぎるとバレーボールの練習に参加し、仕事も元気にこなしていた。

元気といってもいろんな度合いがあるが、彼女の場合、退院直後に徹夜仕事をしたり、抗がん剤中に中国へ取材旅行に出かけたりしていたのだから、並みの元気さではない。

しかし、なんといっても山崎さんの凄いところは、この試練を逆手にとって、彼女にしかできない闘病記を書き始めたことだろう。

彼女の闘病記には多くのユニークな点がある。

(1) 「美容ジャーナリストの自分」が「がん患者の自分」の心の動きを、そのときそのときの温度で実況中継風に描写している���と。

(2) キレイというキーワードに徹頭徹尾こだわっていること。

(3) 文章だけでなく患者として脱毛中の自分をモデルに具体的なキレイになるハウツーを女性誌的な懇切丁寧な手法で提示していること。

(4) キレイに生きるための新しい取り組みを軽いフットワークで次々にやってのけていること。

(5) 医師はもちろんのことさまざまな分野のエキスパートにインタビューを敢行し、患者の視点でさまざまな疑問をぶつけていること。

リアリティの部分に踏み込んだ本

写真:友人の個展パーティに出席
短髪でもこんなにファッショナブルに。
友人の個展パーティに出席

このようなオリジナリティの高い本を書くに至った動機を彼女は次のように語る。

「最初から単行本にする意図はなく、女性誌〈『STORY』〉に7ページのがん闘病記を書いたのがきっかけなんです。それが好評で10回シリーズの連載が始まり、本はそれを大幅に加筆してまとめたものなんですね。
闘病記を書こうと思ったのは、誰かを助けたかったからではなく、あくまでも自分のためです。いちばん大きな動機は自分がこの病気についていろんなことを知りたかったから。取材ならばいろんな人に会うことができます。職権乱用ですが(笑)。ライター業だから簡単にできること。自分自身のそのときそのときの本音をストレートに綴ったり、自分をモデルにしていろんなことをやったのは、私自身それまで多くの乳がんに関する医学書や啓発書を読んでも、リアリティの部分に入っていけないところがあったからなんです」

確かに彼女が言うように、これまで刊行されたがんの本には「リアリティ」の部分にもどかしさがあった。そこで自分をモデルにしてしまうという手法は、画期的といってもいい。並みの企画力でできることではない。

脱毛も逆手に取ればファッション

写真:中国へ取材旅行に出かけた時の山崎さん
中国へ取材旅行に出かけた時の山崎さん(写真1番左)

とくに、ほとんどの女性が絶望感と恐怖感を味わう脱毛という問題を、ワクワクさえ感じさせる明るいトーンの、リズムのいい文章で書き上げている手腕は見事というほかない。

女性の頭部の脱毛がキレイに生きるうえで、甲子園球児のくらいの髪の長さでも、服装やメイクをそれにマッチしたものにすれば、十分ファッションで通用することを初めて知った次第だ。

そのようなハウツーにまで踏み込んだ内容にした理由を山崎さんは明快に語ってくれた。

「女性はとくに、自分の容姿が落ちるって、ショックなことなんです。がんになったからすぐに容姿が落ちるっていうことではないんだけれど、抗がん剤をやるとやっぱり落ちますね。むくんだり、くすんだりするわけです。でも化粧品なんかで目立たなくする方法を知っていれば、治療前の自分を取り戻せます。
ちょうど私が、美容に関わる仕事なので、くすみとかくまとかを隠す化粧品を知っているわけです。知っていれば、化粧してみるか、パックしてみるかってなるじゃないですか。
まつげが無いんだったらメガネでお洒落しようとか、帽子買いに行ったりとか。それで前向きになれるのは大きいですよ。
もう1つ大きいのは、それによって自分の顔も病人っぽくなくなるんで大丈夫なような気がしてくること。そして周りの人も安心してくれることです。」

夫婦で髪の成長にワクワク

『「キレイに治す 乳がん」宣言!』
明るいトーンで表現している
『「キレイに治す 乳がん」宣言!』

伴侶の脱毛はパートナーである夫の側にとっても精神的なショックが大きいものだが、それをご主人にカメラマン役を頼んで、脱毛する経過を撮影し、その脱け方を楽しんだことも、エポックメイキングな発想といっていい。

髪が抜け落ちることは夫婦にとってショッキングなことだが、1度冬の畑のようになった頭部に、新しい毛が萌芽し、少しづつ黒さを増していく課程を見守ることは、ショック以上に嬉しいインパクトがある。その様を山崎さん夫妻は文とカメラで、野菜や草花の種まきから開花までの過程を見守るガーデンマニアのようなワクワク感で記録にとどめている。

基本的に乳がんに限らずがんの治療はつらいものだが、キレイなまま闘病生活を送る知識と発想があれば、つらさを楽しみに変えられる部分もある。山崎さんの本はそのヒントが詰まっている。ほかのがんにもこのような発想で書かれた本が出てくることを願ってやまない。


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