がんを見逃さず、順調な予後。著名人のがん闘病の「モデルケース」 がん体験を社会に生かす、タレント・大橋巨泉さん

取材・文:吉田健城
撮影:向井 渉
発行:2006年12月
更新:2019年7月

元巨人軍、牧野茂さんを膀胱がんで失う

写真:親友、王貞治監督の選手時代

2006年に胃がんで手術を受けた親友、王貞治監督。選手時代より深い親交があった

巨泉さんが王監督に自著を読むように勧めたのは、王監督と同じくらい深い付き合いのあった巨人・V9時代の名参謀・牧野茂さんを膀胱がんで失い、残念な思いをした記憶が強く残っていたことが1つの要因になっている。

牧野さんは1975年、川上哲治監督の勇退とともに1度ユニフォームを脱ぎ、当時伊東に住んでいた巨泉さんの勧めに従って近くの伊豆高原に別荘を建て、同じ伊東カントリークラブのメンバーになった。それによって、巨泉さんと牧野さんは2人でクラブ対抗(アマチュアのゴルフクラブ対抗選手権。各クラブが代表を出して争う)に出ようと本気で考えるくらい親しい仲になる。その後、牧野さんは1981年に藤田元司さんが監督に就任するとヘッドコーチに返り咲くが、復帰3年目に体の不調を訴えて、検査の結果、膀胱にがんが見つかった。

そのがんに侵された体をおして牧野さんは84年に王貞治監督が誕生した後も、ヘッドコーチとしてチームに留まり、王新監督を作戦参謀として支えることにこだわった。

がんに人一倍関心があり、かなり知識もあった巨泉さんは牧野さんが膀胱がんと判明したとき『トシをとったら健康優先なんだから、手術を受けたほうがいい』と強く勧めたが、ちょうど王政権が誕生する時期と重なったため聞き入れてもらえず、この肝胆相照らす仲だった6歳年上の友人をがんで失うことになる。

それだけに巨泉さんには、王さんには牧野さんの轍を踏ませたくないという気持ちが強かった。

女房が鬼になってくれた

慶応病院に入院後、王監督は7月17日に胃の全摘手術を受けているが、その後の経過は順調で、巨泉さんのもとにもメールで『おかげさまで手術もうまくいって、もう少しで退院できると思います』と伝えてきたので、巨泉さんも『良かったね。これからが大変だけど、頑張ってね』とメッセージを送り返し、少しほっとした気分になっていた。

「そしたら、再入院じゃないですか。すぐに、どうしたの? ってメールを送ったら、食べ物がつまってどうのこうのと言っていました。
ワンちゃんの場合は全摘ですから、十二指腸のつなぎ目が盛り上がって、よく噛まないと、そこで食べ物が詰まって小腸のほうに流れていかなくなるんですよ。大事な注意事項をしっかり守っていないように思ったけど、メールでは細かいことは言えません��ら、9月の頭に日本に帰ってから慶応病院にお見舞いに行ったとき、マネージャー役をやっている次女の理恵ちゃんに言ったんですよ。『鬼嫁にならなきゃダメだよ』って。ウチ(寿々子夫人)は鬼嫁だから、リハビリ中は食事のとき、いつもそばにいて『ダメダメちゃんと噛んでいない』とうるさいくらい言ってたんですよ。こっちが『何だよう』と文句を言っても、『いま30回噛んでいないわよ!』と言って見逃してくれないの。こっちも僕のためを思って鬼になっていることは判っているんで、『20回ぐらいだったかなあ』と言ってあと10回噛むしかないんだけど、結果的に見れば、僕が大事な注意事項を守りきって今のような状態になれたのも、女房が鬼になってくれたからなんですよ。だから、理恵ちゃんに鬼になるよう言ったんだけど、やっぱり奥さんじゃないと、厳しいこと言えないんだね」(編集部注:王監督夫人の恭子さんは2001年に胃がんで死去)

前立腺がんの疑いも

写真:大橋巨泉さん

若いころからがんに人一倍関心を払い、毎年欠かさず検査を行っている“がん優等生”の大橋巨泉さん

実は今年に入ってから巨泉さんは自分が別のがんにかかった可能性が高いと思ったことがあった。前立腺がんである。

巨泉さんは毎年4月に人間ドックに入っているが、2003年に4.0だった腫瘍マーカーのPSAは、04年に5.7、05年7.2と上昇を続け、06年4月には10.2にまで上昇していた。

PSAマーカーの目安は、4.0までが正常、4.1から10.0までがグレーゾーン。10.1以上は異常という分類になっている。こうなると、いくらがんの中でも進行が遅いといわれる前立腺がんでも、がんの有無を確かめ、見つかった場合は治療を受ける必要がある。巨泉さんも、前立腺がんの可能性が高いと思って触診、CT、MRIなどを受けたが、がんの兆候は見られなかった。それでいながら、PSAマーカーの数値はその後も上昇を続け、次に受けた検査では13.2まで上昇していた。

「ここまで上がると、主治医の秋元さんもがんの可能性がかなりあると思ったようです。前立腺がんには発見しにくいものもあると聞いていたんで、ほぼ前立腺がんに間違いないと思って、小線源(微量の放射線を出す針状の線源)を埋め込む手術を受けるために、スケジュールも1週間あけてたんですよ。最終的に前立腺がんの有無を判定する手段は細胞を採取して行う生検しかないですから、10月に入って、股とお尻の間に20箇所も太い針をさす生検を受けたんです。そしたら、結果はシロでした。小線源を埋め込む手術に使うはずだった1週間は必要なくなったけど、やれやれという感じですよ」

筆者が今回、巨泉さんの話を伺っていて、一番凄いなと思ったのは、実はこの部分だった。これまで、がんと診断されたときのことはたくさんの方々から聞くことができたが、がんを経験している方でも、検査が空振りに終わったときのことは、意外と語ろうとしないものだ。

しかし、がんはオール・オア・ナッシングで考えてはいけないものだ。

本質的に、がんの早期発見を目指す場合、一番重要なのはこうした「嬉しい空振り」なのだ。それを72歳とは思えない、張りのある声で、ユーモアたっぷりに語る巨泉さんは、有名人がん患者の鏡といっていいのではないだろうか。


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