自分を面白がらせてみましょうよ 胃がんから3年、笑いの世界を生きる落語家・林家木久蔵さん

インタビュー:がんサポート編集部
撮影:板橋雄一
発行:2004年1月
更新:2019年7月

大好きなチャンバラで養った戦う心

写真:『キクゾーのチャンバラ大全』

入院中に書いた『キクゾーのチャンバラ大全』。「病室で1人になる時間ができると、シメタ!ってね、原稿書いてました」。

うちのかみさんはね、僕ががんだってわかっても、わりあい冷静でしたね。「私の青春返してよ」とは言われたけれど(笑)。入院中も早めに来て早めに帰って、あわただしくならないように気を配ってくれましたね。

僕は実は、病室は4人部屋とか6人部屋のほうがよかったんですけれど、こういう仕事だからっていうんで、家内が個室を取ったんです。次の間がついてる、すごく高い部屋でね、仕事は休んでるわけで、「払えるかな」なんて心配になっちゃいましたけれど。

個室だけれど、1人になる時間は少なかったですよ。弟子がいて、寝ている僕に「落語を一席やるから聞いて直してくれ」って言う。その下手クソな落語聴いてなきゃいけなかったとか。お見舞いの人もたくさん来てくださいますから、たとえば興行関係の偉い人が来たら、元気なフリして帰りにはエレベーターまで送って行ってたんです。病室に帰ってくると疲れてぐったりしてしまうんですけれど、お見舞いの人がほかの人に僕のことを話すのに、「ベッドに寝たままだったよ」っていうのと、「エレベーターのとこまで元気に歩いて見送ってくれたよ」っていうのじゃ、ずいぶん受ける印象が違うじゃないですか。

本も入院中に1冊書いちゃったんです。『キクゾーのチャンバラ大全』。僕はチャンバラ時代劇映画が大好きでね。絵はさすがに病室では描けなかったんで、退院後に描きましたけれど。

まぁ、これで死ぬことはないだろうけれど、万が一自分が死んでもこの本が残るか、なんてちょっと思ったりもしましたけれど、けっこう闘う心を持っているんですよ。「男の子」っていうかね。チャンバラスピリットっていうところかな。

なんでもいいから自分を面白がらせよう

写真:画材がならぶ木久蔵さん愛用の机

今では本業と同じくらい忙しい絵の仕事。画材がならぶ木久蔵さん愛用の机。

病気になると、どうしても気持ちが自分の体のことだけに向きがちでしょう? でもそれじゃ、元気が出ませんよね。無理しない程度に、外に向かっていく、忙しくしているというのが、かえっていいんじゃないでしょうか。個にならずに、人とのつながりを大切にするっていうのも大切ですよね。

笑う、笑ってもらうっていうことは、いい心持ちにさせる、っていうことでしょう? だから、自分が心持ちいいようにする、自分を面白がらせるっていうのが、明るくなれるコツじゃないかなと。特別なことじゃないんです。冬はどうしてもグレーとか暗い色のものを着るけれど、思い切って明るい色のものを着てみる。季節を楽しむ、映像を楽しむ、「わぁっ、こんな景色があったんだ」って目を見張ってる瞬間って、つらいことなんか忘れていると思うんです。

それと、暗い気分を自分の中に取り込まないこと。ニュースを見てるといやな事件ばっかりだけど、それをいちいち気にしてちゃ、よけい暗くなっちゃうから、そういう部分は四捨五入してしまうんです。いい意味で、自分中心のなごやかさを保つんです。

食べることに直接つながることを、自分でやってみるっていうのもいいですよ。料理を作るなんていうのは、とてもいいし、畑仕事で土の温みを感じるのもいい。

たとえば、こんなことだっていいんです。甘栗が好きだったら、殻を割るとき絶対中身を崩さないように、どうやったらポコッと取れるか、徹底的に工夫してみるとかね。もう夢中になっちゃって、その間はなにもかも忘れてますよ。

「死」も笑いにしてしまう日本人の元気

写真:木久蔵さんの本棚

「勉強家だから本はいっぱいありますよ(笑)」読むことも書くことも本は木久蔵さんの生き甲斐

落語には、「死」っていうものをしゃれのめしてるような演題があるんですよ。たとえば「死神」。死神と友人になった男がいて、その死神が、寝ている病人が死ぬときは頭のところに、生きるときは足元に座るっていうのがわかるんです。それで、病人のところに頼まれて見舞いに行き、死神が足元に座るのを見て「大丈夫ですよ、お嬢さんはきっと元気になりますよ」なんて言う。ほかの人には死に神は見えないから「あの人は死にそうな病人を生き返らせる!」って有名になって、お礼のお金をどっさりもらえるようになるんです。

ところがある日、頼まれてお金持ちの旦那が寝ているところに行くと、死神が頭のところに座っちゃってる。これじゃ病人は死んじゃうしお金ももらえない。困ったその男、病人のそばに座ってる人に耳打ちしてね、いきなり死神に声をかけてもらうんですよ。そうしたら、死神はびっくりしちゃいますよね。ほかにもオレが見えるやつがいるのかって。 で、死神が気を取られてる隙に、病人の布団の頭と足のところを持って、エイヤッって反対にしちゃうんです。死神は足のところに座ることになって、病人は元気になっちゃって、めでたしめでたし。

ね? 「死」っていうと重たいことですけれど、日本人には、こうやって、死神をだましちゃうなんていうユーモラスな発想があるんですよ。

しゃれといえば、入院中に、チャンバラが好きな僕へのお見舞いに白虎隊の本を贈ってくれた友達がいたんです。あとで気がついて大笑いしましたよ。僕はお腹を切った。白虎隊も、会津で若い隊士が十何人って腹を切る話ですからね、そういうしゃれだったんですよ。

ちょっとキツいしゃれだけれど、友達同士で気心が知れてるんなら、お見舞いも花ばっかりじゃなくて、こういうのもいいんじゃないかな。もちろん、落語のテープひとそろいっていうのも、喜ばれます(笑)。

白虎隊=明治維新の1868年、陸奥会津藩が16歳~17歳の少年で組織した部隊。戊辰戦争中、飯盛山での戦闘中に会津の鶴ケ城周辺が炎上しているのを見て落城したと思い、主君への忠誠から自刃した。


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