「うっかり」ではなく「しっかり」八兵衛だったからこそ、今がある 前立腺がんと胃がんを早期発見できた、時代劇の名脇役・高橋元太郎さん

取材・文●吉田健城
撮影●向井 渉
発行:2012年12月
更新:2019年7月

運動で術後の後遺症知らず

2012_12_14_06前立腺を全摘出する手術が行われたのは2009年3月のことである。8時40分に開始された手術は、順調に進み2~3時間ほどで終了した。

術後の経過はどうだったのだろう?

「痛み自体はたいしたことなかったんですが、眠りたくても眠れないのがつらかったですね。酸素吸入していることに加え、エコノミー症候群の予防のため、ときどき脚を圧迫していましたから、手術を受けた日の夜はまったく眠れませんでした。でも、途中から寝たふりをすることにしたんです。というのも、僕が眠れないでいると定期的に尿のチェックに来る看護師さんが、自分が起こしてしまったと、申し訳なさそうな顔をするんです。かえって悪いなと思い、3回目の見回りのときからは寝たふりをして、看護師さんに気を使わせないようにしました」

術後の経過は順調で、手術の翌日には歩行を開始、そして10日ほどで退院の運びとなった。

高橋さんは退院後、1週間ほどで以前から行っていたジムでのウォーキングを再開した。術後、すぐにでも体力を回復させたいと思ったからだ。

「ウォーキングは時速5.8km、傾斜3.5度で40分やったあと、サウナで汗を流すんですが、結構な運動になります。おかげで尿漏れに悩まされるようなことはありませんでした」

前立腺がんの次は胃がんが発覚

退院後は定期的に通院して検査を受けなくてはいけないが、PSA値に関しては、何の異常も見られなかった。

しかし2年後の2011年になって、胃カメラで異常が見つかったのだ。詳しく検査をしたところ、ごく早期の胃がんであることが判明した。

「告知されたのが10月で、手術を受けたのは12月です。このときもショックはありませんでした。粘膜にとどまっている3mmか4mmのごく早期のがんでしたから、手術で切除すれば、それで終わりになるからです」

手術の当日、高橋さんは前立腺がんのときのように手術室に連れて行かれるものだと思っていた。しかし看護師さんに連れて行かれたのは、胃カメラを飲んだときと同じ部屋だった。

「思わず『ここで手術をやるんですか?』って聞いてしまいました。というのも、手術と聞いていたので、お腹にメスを入れて行うものだとばかり思っていたんですが、そうではなくて、内視鏡で切除できる手術だったんです。胃カメラを飲むときと同じ口から内視鏡を入れてそれで終わっちゃうんですからね。手術も30分か40分ぐらいですみました。あまりにもあっさりしていたので拍子抜けしてしまったくらいです」

このような経緯で、高橋さんは胃がんについても、ごく早期の発見でダメージを最小限に食い止めることができた。

封印していた歌手業を再開

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「ライブ活動は本当に楽しい」と高橋さん。現在は月に2回ほど、ステージにあがり、歌っているという

2つのがんを早期発見で切り抜けたことで、高橋さんは71歳の今も仕事に全力投球できる状態を保っている。ここ数年、意欲を燃やしているのは俳優業ではなく歌手業のほうだ。

高橋さんは時代劇の名脇役というイメージがあるが、もともとはカントリー&ウエスタンの歌手である。

デビューは19歳のときで、当時、洋楽の歌手を志す若者の登竜門だったジャズ喫茶「銀座テネシー」のオーディションに合格したのがきっかけで、ウエスタンバンド「ワゴンスターズ」のメンバーとなり、ライブのステージに立つようになった。

その後、アイドルグループ「スリーファンキーズ」の結成メンバーとして人気者になったあと、ソロ歌手として独立するが、ドラマや映画への出演が多くなったため「大岡越前」と「水戸黄門」のレギュラーを期に、歌手活動を封印して俳優業に専念することにした。

「『水戸黄門』『大岡越前』に、それぞれ“うっかり八兵衛”“すっとびの辰三”というレギュラーをいただき、加藤剛さん、片岡千恵蔵さん、大坂志郎さんなど、錚々たる方たちと共演することになったので、下手な芝居で迷惑をかけられないというプレッシャーでいつも必死でした。そんな僕が、歌手業と俳優業を両方やっていたら、共演している名優の方たちに失礼にあたると思い、歌手業のほうは封印することにしたんです」

欠かさず受けた検診のおかげで

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「周りの人や、家族に心配をかけないためにも、定期的に検診を受けることが大切」と語る高橋さん

しかし、どんなはまり役でも、いつかは卒業する日が来る。うっかり八兵衛を卒業した後、高橋さんが取組んだのは封印していた歌手活動だった。

「もともと歌手なので、歌のほうが気兼ねなくできるし、楽しめるんです。僕の出発点はカントリー&ウエスタンですから、無性に歌いたくなって、ライブハウスのステージに立つようになりました」

現在、月に2回ほど赤坂や銀座のライブステージに立つほか、11月25日には東京會舘で、ディナーショーを行うことが決まっている。他にも趣味で始めた陶芸が、現在個展を開くまでの腕前になるなど、人生を謳歌中だ。

「何でもいいんです、人生何か楽しみを持たないと。病気もそう、『こんな手術があるんだ』『手術室ってテレビで見たのと同じなんだ』とか、見方をちょっと変えるだけでも楽しくなってくる。治療に関しては、専門家がやってくれるので、我々がいくら考えても仕方がない。この状況をいかに楽しむか――、病気と付き合う上で大切なことだと思います」

こうした心の持ちようも、前立腺がんと胃がんを早期のうちに見つけ、治療することができたお陰といえるだろう。そして早期発見、早期治療を経た高橋さんだからこそ、伝えたいことがある。それが検診の重要性だ。

「自分のためだけじゃないんです。周りの人たち、そして家族に心配をかけないためにも、定期的に検診を受けることが本当に大切だと思います」

70歳を過ぎてからカントリー&ウエスタンを思う存分歌えるのも、定期的に検診を受け続けた賜物。高橋さんの今の姿が、まさにそのことを物語っているといえるだろう。

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