「生かされている」思いを新たなエネルギーへ 胃がんを克服し、今は前立腺がんと同居するDJの巨匠・小林克也さん
復帰早々からフル回転

「仕事に復帰」といっても、病み上がり後は、初めは試運転的に仕事を再開して徐々に増やしていくことが多い。しかし小林さんの場合、自分が「番組そのもの」という立場でもあり、「徐々に仕事を再開」というわけにはいかない。復帰後すぐに、拘束時間の長い仕事を最初から最後までこなさなければならなかった。
それに加え、退院後3カ月間の予定で経口の抗がん薬TS-1*を服用することになったので、悪心や下痢など、副作用が1つ2つ出てもおかしくない状況だった。体がSOSを発することはなかったのだろうか?
「それが大丈夫だったんです。退院前にダンピング症候群*が出る可能性があるといわれていたんだけれど、僕の場合、それがなかったし、抗がん薬の副作用も出なかったので、仕事中に体調が悪くなるようなことはありませんでした」
胃がんの手術を受けた患者さんは退院後、食事の際は①よく噛む②ゆっくり食べる③小分けにして食べ過ぎないようにする、といったことを実践するよう求められるが、小林さんは暴飲暴食こそしなかったものの、それを忠実に守ろうという意識は無かった。
「主治医はざっくばらんに言う人で、同じ手術を受けても、退院後は個人差が大きくて、わずかの食事もなかなか飲み込めない人もいれば、1週間後にはラーメン1杯を平気で食べちゃう人もいる。自分の適量はわかるはずだから、それに合わせればいいという考えだったんです。そのため、食べることには寛容で、退院後3週間ほどたったとき、その主治医と2人で焼鳥屋に行ってビールを飲みながら焼鳥を何本も食べました。手術後にビールを飲んだのはそのときが最初でしたが、主治医の注ぐビールだったせいか、格別美味しかった記憶があります(笑)」
その後も「よく噛んで食べる」ような細心の注意を払うこともなかったし、消化の悪いものも避けることはせず、食べたければ食べたい分だけ食べた。とはいえ、がんが治ったような気分になったわけではなかった。
「手術の翌日に5年生存率を知らされたんです。63%ないし64%という数字でしたので、“死”の不安は少なからずありました」
しかし、それも時間の経過とともに薄れていき、5年が経過。がんと縁が切れたと思った矢先、次のがんが見つかったのだ。それが前立腺がんだった。
*TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・���テラシルカリウム
*ダンピング症候群=胃切除手術を受けた人にみられる胃切除後症候群で、炭水化物が急速に小腸に流入するために起こるもの。突然の脱力感、冷汗、倦怠感、めまい、手や指の震えなどの症状が起こる
新たながんが発覚
3、4年前から前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA*の値が上昇気味だったという小林さん。昨年の6月ごろ、その値がグレーゾーンである8.0ng/mLに入り、PET検査でも「影が見られる」ということで、針生検を実施した。
すると11本刺した針のうち、1本からがん細胞が見つかったのだ。しかし、小林さんに動じる様子はなかった。
「前立腺がんは進行が遅いし、骨にも転移していないので、今のところ、どうのこうのということではなくて、経過観察しているところです。それに、もしPSAの値が上がって治療が必要になったとしても、前立腺がんは新しい治療法がたくさん出てきているので、不安は全くないです」
小林さんが言うように、手術、放射線治療、ホルモン療法など、今や前立腺がんの治療にはさまざまな選択肢が存在する。ただ、そのことがかえって小林さんを悩ます種にもなっているという。人によって勧める治療法が全く異なるのだ。
「大学病院の主治医は『食生活に気をつけながら経過観察を続け、PSAの値が上昇したら、小線源療法で治療する』という意見です。一方、医療コンサルタントをしている友人は、自分でロボット手術を受けて結果がよかったので、ぼくにもロボット手術を勧めます。他にも最近、ロサンゼルスのUCLA病院から来ている人に診てもらったんですが、彼は『年齢を考えれば、ほったらかしにしておいても、これで死ぬことはないから、もしあなたが私の家族だったら、無治療で経過を見る』と言っていました。僕自身もすぐに治療を始める気はないけど、もし治療することになれば小線源療法がいいと思っています。前立腺内に線源を埋め込むだけで済みますから」
*PSA=前立腺特異抗原
人をワクワクさせる仕事を
「人生で一番まじめになった日」――小林さんは自身のホームページで、胃がんの手術を行った日をこう記している。
「どこにも逃げることができない、という気持ちでしたね。ただ、がんを経験して生まれ変わった気持ちになったのは確かです。よく手術を受けたり、事故にあったりした人のインタビューなどを読むと、『自分が生かされていると思う』と書いていることが多いんだけれど、自分も同感だなと思います。そしてこれが、新しいエネルギーに向かっていけばいいな、と」
そしてがんを経験した今、小林さんはある思いが出てきているという。
「今71歳で、もうすぐ72歳になるのですが、いい加減、一線から退かないとダメだなという思いがあります。ただその一方で、おこがましい言い方かもしれませんが、後輩が育つような仕事、別の言い方をすれば、刺激を与えるような仕事をもっとしなきゃという思いも強くなりましたね」
具体的にどのようなことを考えているのだろうか。小林さんからは、バイタリティにあふれた答えが返ってきた。
「DJの仕事というのはルーティーンに陥りがちです。若い人はマニュアルを作ってそれを繰り返すところがあるけれど、それじゃあ、みんなをワクワクさせることはできない。ある意味過激さを失わないよう、いつもクリエイティブなことを創るよう心がけることが大事だと思います」
胃がんを完封し、前立腺がんにも付け入る隙を与えていない小林さん。これから小林さんがどんな反ルーティーン、脱マニュアル的なことに挑戦するか、楽しみになってきた。
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