信頼できる医師に巡りあえたからこそ、今の自分がいます 膀胱がんと心筋梗塞の2つの大病を経験した児童読み物作家・山中 恒さん

取材・文●吉田健城
撮影●向井 渉
発行:2013年3月
更新:2018年3月

手術は無事に成功

典子夫人と。2つの病気も山中さんは典子夫人と一緒に乗り越えてきた

内視鏡による手術は年が明けた1988年1月に行われた。

この手術は脊髄麻酔で行われ、尿道口から内視鏡を挿入し、レーザーメスでがんを焼き切るという手順で行われるため、手術時間そのものはだいたい1時間ほど。下半身麻酔でやるため、患者は術中も意識がある。

術中、1番記憶に残っていることは何かと尋ねると、途端に笑みがこぼれた。

「若い美人のナースが、手術の間、しばしばぼくの顔を覗き込んで目で励ましてくれたことです。手術中、手を握ってくれて、これが何ともいえないほどよかった。手術があっという間に終わったので、短い時間でしたが、ありがたかったですね。手術室のナースは天女にも菩薩様にも見えると言われますが、このことなんだと納得しました(笑)」

そして手術は無事終了。術後の痛みはどうだったのだろう?

「予想したほどではなかったです。尿道カテーテルを抜いたあと、最初の小便は激痛が走ると聞いていたので、覚悟はしていたんですが……。それもたいしたことはなかったです」

術後意欲を燃やしたのは、水分の摂取だった。

「膀胱の中の傷口を洗い流すため、医師に1日3000ccの尿を出すように言われていたんで、治療の一環だと思って頑張ったんです。飲んだのはウーロン茶で、消灯後も張り切って飲んでいたので排尿量は1日5000ccありました。レコードホルダーの人は6000cc以上と聞いたので、挑戦してやろうかと思ったけど、それもバカだなと思ってやめました(笑)」

術後の経過も順調で、山中さんは19日間の入院で帰宅することができた。

ただ膀胱がんの治療は、これで安心ということにはならない。なぜなら再発率が高いからだ。そのため、術後は3カ月に1度検診を受けなくてはならず、山中さんも再発のことが常に頭にあったのでこれを欠かさずに受けた。そして、再発せず無事3年が経過。少し気持ち的にも余裕が出てきた矢先、今度は一気に生死をさまよう病に襲われることになる。心筋梗塞だった。

奇跡的に生還

その日、山中さんは朝、目が覚めると、なんだか気分が悪く、体がだるく感じていた。熱いお風呂にでも入れば気分も変わるかと、湯船につかったところ、ますます気分は悪くなり、胸がむかむかしてきたのだ。しばらくソファに横になっていたが一向によくならず、ソファから立ち上がって歩き出した途端、すーと血の気がひき、その場で倒れてしまった。すぐに救急車で病院に運ばれ、そのまま集中治療室へ。心筋梗塞の大発作だった。

「痛みを感じることなく、即死してもおかしくない直���型の発作だったそうです。心筋の3分の1が壊死し、呼吸不全に陥り、肺も真っ白。危篤状態となり、家族も呼ばれました。後から、今回の発作は、動脈硬化による虚血性心疾患で心筋梗塞が起きたものだと知らされました」

振り返ってみると、思い当たる節はいくつもあった。

最初に血尿が出たとき、山中さんの最高血圧は200mmHg、最低血圧は150mmHgと異常に高く、それ以来、降圧剤を飲んでいた。これだけ血圧が高いと、動脈硬化がかなり進んでいる可能性があるが、がんになった後も山中さんはタバコを1日40本も吸い、塩分や脂肪分が多いものをたらふく食べ、オーバーワークを続けていた。

しかも、国立がん研究センターに入院した際、主治医から心電図の波動を見ると心筋梗塞が起きた形跡があることを伝えられていた。しかし、本人はそのことに全く気づかず過ごしており、しかもそのときはがんのことで頭がいっぱいだったので、医師の言葉は耳を素通りしてしまったのである。

山中さんは、その後医師たちの懸命な努力の甲斐あり、奇跡的に九死に一生を得ることになったが、がんのことばかりに頭がいって、心臓のほうは全く注意を払っていなかったことを大いに悔やんだ。

信頼できる医師に巡りあうには

がんと心筋梗塞――。2つの大病を経験した山中さんだが、信頼できる医師に出会えたことは大きかったと振り返る。

「医師を信頼すると、こちら側も楽になる。そういった意味で、いい医師に巡りあうことはとても重要だと思います。では、どうやってそれを見分けるか? やはり症例数が多く、それなりに自信がある医師でないと。だからこそ、どういう領域を専門にしているか、しつこく聞くことは大事です。それに噂や評判、これも聞いておいたほうがいい。たとえば、病院の待合室でみんなの話を聞いていると、結構情報って入ってくるものなんです」

また患者と医師の関係性についても思うところがあるという。

「病気というのは自分1人で治せるものではありません。医師と一緒に二人三脚で取り組んでいかないと……。だからこそ医師と患者、同じ人間同士、患者も医師に対してちょっとした気遣いが必要だと思います」

それはたとえば「先生も風邪をひかないよう、気をつけて下さい」といった、そんな些細なことでいい。ちょっとした心遣いを持って患者も医師に接すれば、お互い嫌な思いになることもないと、山中さんは話す。

よい医師に巡りあうこと、そして納得の治療を受けること。2つの大病を乗り切った山中さんの言葉には、たくさんのヒントが詰まっている気がした。

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