未亡人、がん……これで私も一人前だと思いました 乳がんの全摘手術後、世界を飛びまわる元首相夫人・橋本久美子さん(77)
退院2週間後真夏のゴルフ

手術は全身麻酔で行われ、手術中のセンチネル・リンパ節生検でがんの転移がないことがわかったため、予定通り左の乳房の全摘術が行なわれた。9時に始まった手術は昼前には終了した。
「手術は軽いもので、先生にしてみれば『チョ、チョ、チョイのチョイ』だったんじゃないでしょうか」
あくまでも明るく振り返る。手術が終了して病室に戻ったあと、真っ先にやったのは腕を上げることだった。
「左腕を上げてみたら、ちゃんと上がったのでホッとしました」
術後は切開部が痛むと聞いていたが、それも、ほとんどなかった。次の日には病室を出て病院の中を歩きまわった。化学療法も放射線治療もなかった。
久美子さんはお見舞いに来た親しい人たちを案内して、がんセンター・ツアーのガイド役をやるのが日課になった。
「上のレストランでお茶を飲みながらパノラマを楽しみ、カツラ屋さんでは、こんなのもあるのねえって、みんな興味深かそうでした」
術後の経過は順調だったので、1週間ほどで退院した。
しばらくは自宅で静養するのが普通だが、毎年参加するのを楽しみにしているゴルフコンペが退院の2週間後にあったので、多少不安はあったが参加した。
8月中旬の暑い盛りだったため汗をかいて傷口が化膿したり、スイングで切開部が痛む可能性もあったが、大丈夫だったのだろうか?
「皆さん『ご無理をなさらないでね』『ハーフで上がった方がいいですよ』と、声をかけてくださいました。でも、まったく問題なくプレーできました。(左の乳房がなくなったので)脇がしまってかえって良くなったかなと思ったくらいです(笑)。ただお風呂に入るときは、ちょっと抵抗感がありましたけどね」
それもすぐに解消した。一緒に入浴した友人から「あなたも仲間入りしたの? 私は前からよ」と語りかけられ、またひとつの輪が広がった。
5年経過後もホルモン療法を継続

術後はがんの再発を抑える目的でホルモン療法が行なわれ、アロマターゼ阻害薬のアリミデックス*を5年間服用することになった。ホルモン療法は抗がん薬に比べれば軽いとはいえ、骨粗鬆症や関節炎、筋肉炎などの副作用が出るケースも多い。
「私は、副作用は何も感じませんでした。多少暑く感じたりということはありましたが、それだけで悩まされては���まらないでしょ。
副作用を警戒して骨密度や子宮がんの検査も受けなくてはならないことがわずらわしくて『何のために飲んでいるのかわからない』とドクターに申し上げたこともありましたが、『そうおっしゃらずに』と言われているうちに5年が過ぎたという感じです」
予定服用期間の満5年が経過したのは昨年夏のことだった。しかしアリミデックスの服用はそれで終了せず、現在も継続している。
「ドクターから、アリミデックスを5年以上継続した人と5年で終った人の再発率を調べているのでご協力いただけませんかと言われたので、了承したんです。ドクターが、これまでの臨床試験で飲み続けると90%以上再発しないというデータが出ているとおっしゃったので、私、単純ですから、飲み続けていればがんにならないんだと思って続けることにしたんです(笑)」
*アリミデックス=一般名アナストロゾール
「来るなら来い 私は私」
その明るさは、天来の性格に加え、自身の哲学から生まれたものでもある。
「深刻になることが良くないと思うから、『来るなら来い』と構えています。様々な方面からアドバイスも受けましたが、聞くことはしますけど、『私は私』と思ってやってきました」
がんと向き合うことについて、久美子さんは笑顔で答えた。
「がんになったら、これで私も一人前になったというくらいのスタンスでいいのではないでしょうか。2人に1人がなる時代なんですから。がんを特別な病気だと思うと深刻になって、治るものも治らなくなります。私は一貫してそういう気持だったので、最近では自分ががんの手術を受けたこと自体、ほとんど意識することはなくなりました」
現在、久美子さんは障害者の日常生活をサポートする介助犬の育成・普及を目指す日本介助犬協会の会長として様々な活動に関わっているほか、日本・ラテンアメリカ婦人協会、さらには国際なぎなた連盟の会長などとして海外に出ることも多い。
「首相夫人の時は、晩餐会の翌日は空港に行って次の訪問国に移動し、また晩餐会があって、すぐに空港に行くということの繰り返しでした。でも、今はそんなことありませんから、行った先々で楽しんでいます。昨年3月にはキューバに行く機会がありました。社会主義国なので敬遠されがちですが、紺碧の海と古い街並が素敵なところでした」
今年は、国際なぎなた連盟関係で、5月に米国シアトルで理事会に出席する予定だという。
同じカテゴリーの最新記事
- 人生、悩み過ぎるには短すぎてもったいない 〝違いがわかる男〟宮本亞門が前立腺がんになって
- がん患者や家族に「マギーズ東京」のような施設を神奈川・藤沢に 乳がん発覚の恩人は健康バラエティTV番組 歌手・麻倉未希さん
- がん告知や余命を伝える運動をやってきたが、余命告知にいまは反対です がん教育の先頭に立ってきたがん専門医が膀胱がんになったとき 東京大学医学部附属病院放射線治療部門長・中川恵一さん
- 誰の命でもない自分の命だから、納得いく治療を受けたい 私はこうして中咽頭がんステージⅣから生還した 俳優・村野武範さん
- 死からの生還に感謝感謝の毎日です。 オプジーボと樹状細胞ワクチン併用で前立腺PSA値が劇的に下がる・富田秀夫さん(元・宮城リコー/山形リコー社長)
- がんと闘っていくには何かアクションを起こすこと 35歳で胆管がんステージⅣ、5年生存率3%の現実を突きつけられた男の逆転の発想・西口洋平さん
- 治療する側とされる側の懸け橋の役割を果たしたい 下行結腸がんⅢA期、上部直腸、肝転移を乗り越え走るオストメイト口腔外科医・山本悦秀さん
- 胃がんになったことで世界にチャレンジしたいと思うようになった 妻からのプレゼントでスキルス性胃がんが発見されたプロダーツプレイヤー・山田勇樹さん
- 大腸がんを患って、酒と恋愛を止めました 多彩な才能の持ち主の異色漫画家・内田春菊さんが大腸がんで人工肛門(ストーマ)になってわかったこと