子どもたちのために、未来の土台づくりに奔走する婦人科医 末期がんに鞭打ちながら、南相馬復興に命を懸ける――。原町中央産婦人科病院・高橋亨平さん

取材・文●常蔭純一
発行:2012年12月
更新:2018年10月

エコシティ実現に向けて膨らむ夢

震災前の南相馬市の人口は約7万2000人を数えていた。それが現在は、小高地区で住民不在の状態が続いていることもあって5万人程度になったとみられている。周辺の道路には依然として通行不能の状態が続いている場所もある。私たちが高橋さんを訪ねたときも、山側から南相馬に入る何本かの道路が封鎖されており、大きく北に迂回してようやく到着した。

こうした状況からも、南相馬の復興はまだ端緒についたばかりの段階といっていいだろう。では、新たな町づくり、地域づくりをどう進めるか――。高橋さんの胸中では、そうした復興後の南相馬の未来図も描かれ始めている。それは一言でいうと「南相馬エコシティ構想」とも名づけられるかもしれない。

子どもたちが安心して住める町へ

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地域の医師会の先生から南相馬除染研究会への寄付金を受け取る高橋さん

「地域のこれからを担う子どもたちのために、南相馬を誰もが楽しく、安心して暮らせるクリーンでコミュニケーションにあふれた地域にしたいと考えているんです」

高橋さんが構想の第一歩と考えているのが、除染も兼ねたクリーンエネルギーづくりだ。「汚染された森林の木々を伐採してチップ状に加工する。そのチップを燃やしてエネルギーに転換して蓄える。休耕田を利用してバイオマスとなる作物を栽培することも考えられる。生産したエネルギーは家庭内で使ってもいいし、蓄電池にして電気自動車用にしてもいい。いってみればエネルギーの地産地消。そうして将来的には、南相馬がエコカーばかりが走るクリーンな町になればいいなぁと考えているのです」

さらに高橋さんの夢は膨らみ続ける。震災も相まってシャッター通りと化しつつある商店街に、企業や大学の研究室を誘致して、環境問題の研究所を設置する。そして町のここそこにサロンを設け、地域の人たちの語らいの場として活用する……。

実現すれば、日本にはかつて例のない、人に優しく、そして環境に優しい町が誕生するに違いない。

未来を担う子どもたちを祝福する

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病院のホームページ。生まれた子どもたちを祝福するメッセージも

高橋さんがこ��した未来図を思い描くのは、ひとえに地域のこれからを担う子どもたちのことを考えてのことである。子どもたちが誇りを持って暮らせる町を作りたい。それが南相馬の、そして福島の本当の意味での復興にもつながるとも高橋さんは考えている。

もっとも現実には、日本全体で進行する少子化に加え、震災や原発事故の影響もあり、地域で誕生する子どもたちは減少をたどっている。昨年、高橋さんの病院で産声をあげた子どもたちは30人。震災前の年間出産数が100~150例を数えていたことを考えると激減といわざるを得ない。しかし、今年に入ってから10月までに、50例近い出産数を数えている。高橋さんの体調を慮り、他の医院を利用する人たちが増えているにもかかわらずだ。ほんのかすかかもしれないが、南相馬にも明るい兆しが見え隠れし始めている。

そうして誕生した子どもたち1人ひとりに高橋さんは願いを込める。高橋さんの病院で子どもが生まれると、自らが取り上げた子どもに、高橋さんは必ず

「生まれてくれてありがとう。どうか元気に育ってください」と、手を合わせるという。

「子どもたちは未来の象徴。この子どもたちが地域の未来を築いていくと思うと、誕生を感謝せずにはいられない」

と、高橋さんは話す。

高橋さんが文字通りの意味で命を削って、日々の診療とともに新たな町づくり、地域作りに奔走するのも、そうして命を授けられた子どもたちに、より確かな未来を手渡したいと考えてのことだ。それは南相馬という地域で命が引き継がれていく生の営みでもある。

取材を終えた後、原町中央産婦人科医院のホームページを覗いてみた。そこには「うれしいお知らせ」と題して、1人ひとりの赤ちゃん誕生が報告されていた。

「8月12日 大きな赤ちゃんが誕生されました。おめでとうございます。大きな輝く命に栄光がありますように」

「9月10日 赤ちゃんが誕生されました。本当におめでとうございます。暑さに負けず、元気に育ってください」

そうした祝福の言葉には、重い病を患いながらも、南相馬や福島の未来を想う高橋さんの夢や希望が伝わって来るかのようだ――。

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