治ると思ってがんに対峙するのと ダメだと思って対峙するのとでは全然違う 与謝野 馨 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年4月
更新:2019年7月

38歳で初当選の翌年から35年間がんと闘ってきた

鎌田 さて、与謝野さんは2年前に『全身がん政治家』(文藝春秋)という本を出されていますが、この35年間に7回もがん宣告を受けてきた「がんサバイバー」だということですね。35年間、政治家をやりながら、がんと闘ってきた!

与謝野 私は昭和51年、38歳のときに衆議院議員に初当選しましたが、その翌年、39歳のとき、ろ胞性リンパ腫が見つかりました。それが最初のがんです。その後、直腸がん、前立腺がん、下咽頭がんになり、再発を含めると7回、がん宣告を受けました。国立がん研究センターには30年以上通っています。

鎌田 長年、国会議員として活躍されてきた与謝野さんが、長期間にわたってがんと闘ってこられたことは、知らない人も多いでしょう。

与謝野 ご存じの方もいらっしゃる。先日、関西の人から手紙をもらいました。「女房がろ胞性リンパ腫になり、家中が暗くなって困っている。何かアドバイスがほしい」と。それで私は、「ろ胞性リンパ腫は治る病気だから、民間療法とか、神頼み、新興宗教などに頼ってはいけません。治るんだから、お医者さんの言うことをちゃんと聞いて、しっかり治療しなさい」とアドバイスしました。

ただ、その場合、外国でもよく言われていることですが、がんと闘うための免疫力と言うか、活力というものは、そのときの人間の気持ち、気分によって左右される。治ると思ってがんと対峙するのと、もうダメだとおもって対峙するのとでは、全然違う。確たる統計があるわけではないと思うけど。

鎌田 いや、実際、それは大事なことなんです。

与謝野 だから私は、ちゃんと事実によって証明された西洋医学によって治しなさい、と言っているんです。漢方もありますが、漢方は効くまでに時間がかかり過ぎて、間に合わないことがある。私のろ胞性リンパ腫は、終わってみれば大したことはなかったんですが、見つかったとき、心は暗いよね(笑)。

鎌田 しかも、国政に出て1年足らず、さあこれから国のために働くぞと燃えているときですからね。リンパ腫が見つかったとき、政治家を辞めようとは思わなかった?

与謝野 それで病気が治るんだったら、辞めたでしょうけど(笑)。最近は、私の友人などにもがんになる人が多いですよ。胃がんなどは「病気のうちに入らない」なんて言われる(笑)。がんの中には、予防すれば発生率を低くできるものもいくつかありますよね。子宮頸がんなど、引き金になっている物質がわかっている。

鎌田 多くはウイルスですね。B型肝��、C型肝炎は肝がんにつながりますから、ウイルスを撃退するワクチンを投与することで、肝がんを減らすことはできます。

放射線の精度を上げれば さらに有効な治療法に

鎌田 与謝野さんは『全身がん政治家』の中で、がんは治ると信じることの大切さとともに、あまりがん患者になり切ってしまってはいけない、という意味のことを主張されていますね。つまり、がん治療に専念して5年生存率がどうのこうのと考えるより、違うことを一生懸命やったほうがいいと。

与謝野 これだけ医療知識が普及してしまうと、もう名医などはいないんですよ。脳や心臓の細かい血管を縫い合わせるという意味での名医は存在しますが、内科療法の名人はいない。というのは、どの薬にもそれなりの副作用がありますから、それを乗り越えられるかどうかは、患者の意志力次第なんです。

抗がん薬で毛が抜けるぐらいは副作用のうちに入らないというくらい、ものすごくつらい副作用がある薬もあり、こんなにつらいのなら、もう止めたいと思うこともあるわけです。そのつらさを乗り越えるのは、医師の力ではなく、患者の意志力の問題なんです。そういう意味で、あまりかっこつけて治療に臨むのではなく、普通に生活する気持ちでいたほうがいいのではないかと思います。

鎌田 最初のろ胞性リンパ腫、63歳で見つかった前立腺がん、68歳で発症した下咽頭がんは、その後再発したわけですね。いかに冷静な与謝野さんでも、再発のときはショックだったんじゃないですか。

与謝野 そうでもなかったですね。リンパ腫が再発したときは、腸間膜のリンパ節が少し硬くなっていることがわかり、放射線でやっつけました。前立腺がんはがんの中でも性質のいいがんで、PSA値が常に上下していましたから、再発してもどうってことはありませんでした。再発したときは、内分泌療法で女性ホルモンを射ちました。「最近、おっぱいがちょっと痛い」って言ったら、お医者さんが「それはウチの責任ですね」って笑ってましたね。再発しなかった直腸がんは手術で完治しています。内視鏡で大腸の中を視たんですが、人間の内臓って美しいなぁと思いましたよ(笑)。

鎌田 お尻からファイバーを入れられながら視たんですね。余裕ですね(笑)。下咽頭がんの再発も放射線治療だったんですね。

与謝野 下咽頭がんは最初の手術のとき、胃がん内視鏡手術のスペシャリストと言われる、国立がんセンターの後藤田卓志さんに切ってもらいました。1年ぐらいして、経過を診てもらうと、表面が少しザラザラしていて再発と診断され、放射線治療を受けました。放射線治療がいちばん負担が少ないですね。放射線は今、0・1ミリまで制御できるようになっているそうですが、もっと精度を上げれば、さらに有効な治療法になるでしょうね。

鎌田 下咽頭がんにしても、食道がん、前立腺がんにしても、放射線治療は手術に匹敵するほど有効な治療ですが、日本人は放射線治療にあまりいい印象を持っていませんね。怖れている人が多い。もっと普及していい治療法です。

与謝野 放射線は昔も今もがんに効きます。問題はうまく命中してくれるかどうかです。

PSA =前立腺特異抗原

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